[未来人材] 29歳。大学卒業と同時に移住 若き果樹部会長 縁に恵まれ農地継承 鹿児島県南さつま市 風間大地さん

今年から管理を始めたキンカン園を見詰める風間さん(鹿児島県南さつま市で)

 新潟県出身の風間大地さん(29)は、大学卒業と同時に、東京から鹿児島県南さつま市に移り住んだ。住居も働き口も当てがなく、裸一貫のスタートだったが、地域住民と交流を深めながら、生活基盤を築いた。今では、JA南さつま坊津果樹部会で若き部会長として活躍するまでになった。

 玉川大学の農学部に通い、企業に内定をもらっていた風間さんだったが、卒業が迫るにつれ、就職する以外にも生きる道があるのではないかと思うようになった。

 「自分は安定志向」という風間さん。「いったん会社員になったら、もう挑戦できない」と考え、卒業間際に内定を辞退した。

 それまでも農業に関心はあった。思い浮かんだのが学生時代に訪れた坊津町。同町にある同大南さつまキャンパスと連絡を取り、アパートを引き払って現地に向かった。

 営農技術も貯金もなく、住居も働き口も未定──。そんな状況だったが、出会った人に助けられた。移住したばかりの風間さんを支えたのは、同キャンパス技術指導員の清川一真さん(51)。収入と技術が両方得られるパート従業員としての職と、住まいとして大学施設の一部を提供してもらった。

 地域になじむきっかけをつくってくれたのも清川さんだ。バレーボール大会に顔を出した時に、住民に紹介してくれた。「今日から仲間だ」と掛けてくれる言葉がうれしかった。1年後には、引退する農家からタンカン園を借りることができた。

 就農後は清川さんの父でタンカン栽培の達人、清川満洲男さん(76)に師事した。現在風間さんが部会長を務めているのも、前部会長だった満洲男さんが「他産地を見て成長してほしい」との思いで立場を譲ってくれたから。「新参者の自分に務まるのか」と思ったが、他の部会員の後押しもあって引き受けた。

 就農7年目の現在は、地域で引退する農家から次々と農地を引き継ぎ、現在はタンカン、キンカン、マンゴー、パッションフルーツを作る。今は自分と同じように、地域に移住者が来ることを待ち望む。

 「どげんかなっとだい(どうにかなるよ)」。自然に身に付いた鹿児島弁で、移住を目指す人にエールを送る。
 

農のひととき


 農作業をする時に、スマートフォンでよく音楽をかけている。果樹と向き合いながら、気分に合わせて好きな旋律を聞く。会社に就職していたら、できなかったことだろうと、よく思う。

 畑には時々近所の人が遊びに来る。「大声で歌っていて、呼んでも全然気が付かなかったぞ」。そんなふうにからかわれるやりとりも、穏やかで居心地が良い。
 

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