モンゴルで見た羊の解体 命が食べ物になる時 農業ジャーナリスト小谷あゆみ氏

 モンゴルへ行ってきました。ヤギ、羊、馬、牛(ヤク)、ラクダの五畜と遊牧文化を訪ねる旅です。きっかけは1年前、モンゴル研究の第一人者、人間文化研究機構の小長谷有紀理事の講演を聞いたのが始まりです。小長谷理事によると、「人類史における動物の乳利用は、殺さないまま食料にできる『共生』の産物である」というのです。

 家畜と共生し、恵みを共有して、感謝し、喜び合う関係。いま見直されている持続可能なライフスタイルのヒントがあるのではないか。ミルク一万年の旅の始まりです。

 ウランバートルから西へ700キロ、トヨタの四駆で草原をひた走り、アルハンガイ県の湖のほとりにある観光用のゲルキャンプにたどり着きました。これぞ、モンゴル式の農泊です。

 標高2000メートル、寒い地域に多いヤクの搾乳を見せてもらうと、子ヤクなどにある程度飲ませてから、後半を人がもらう「人と家畜の共生」そのものでした。

 一つ私が感心したのは、三つの家族が協同で放牧していたことです。200頭でも、600頭でも、放牧の手間は同じ。ならば3家族で分担すれば、当番は3日に1度で済みます。助け合いにより仕事の質を向上させる協同の原点を見ました。同時に大規模化の動きもあり、草原に突如として現れる大地を真っ黄色にする菜の花畑は、ナタネとして中国に輸出するためでした。

 最も忘れられない体験の一つは、遊牧民一家の主が、歓迎の証に羊を解体してくれたことです。3歳の去勢羊のおなかにナイフを入れるやいなや、素手で心臓を取り出し、羊が息を引き取る瞬間を見ました。

 モンゴルでは大地を汚さないように一滴の血も地面に落としません。全ての解体がナイフ1本と素手だけで、実に無駄のない鮮やかな仕事でした。

 一般的に私たちは生き物が食べ物に変わる瞬間を見ることはありません。言い換えればそれは、肉を食べるとはどういう意味なのか、考えるチャンスが与えられないということです。

 一滴の血も残さず腸詰めにする解体と調理は、羊の命を絶つよりむしろ、命を次へ生かそうとしている姿でした。最後に奥さんは、内臓の残りを犬にあげ、胃袋に入っていた草のペーストを、文字通り、大地に返したのでした。

 命のバトンが目に見える形で受け継がれていくこと以上に健全な食があるでしょうか。大地とつながり、家畜と共に生きる人々から私たちはもっと学べるはずです。

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