土屋守さん(ウイスキー評論家) 新潟の魚で育った幼少期 渡英して知る「酒文化」

土屋守さん

 まれも育ちも新潟の佐渡。おふくろが魚屋の娘で、僕は魚屋の裏の2階で生まれたらしい。だから、佐渡の魚で育ったようなもんですよ。

 正月には嫌になるくらい寒ブリを食べたし、冠婚葬祭の時には、煮付けた棒ダラが必ず出ました。近海のタラを1回干し、それを戻してコンニャクや野菜と一緒に煮たものですね。

 そんな僕がロンドンに渡ったのが1987年。結婚して子どももいたから、いきなり一家で住んじゃったんです。ちまたで言われるように、イギリスにうまいものなし!どこに行ってもまずい。諦めて食材を買い、家でいろんな料理を作って楽しみました。

 そんな中、取材でスコットランドに行きました。イギリスは、イングランド、スコットランド、ウェールズ、アイルランドという四つの「国」から成り立っています。イングランドとスコットランドは全然違うんです。イングランド人はドイツから来たゲルマン民族、スコットランド人はケルト民族。両者は絶対に相いれない。

 「敵の敵は味方」の言葉通り、スコットランド人とフランス人はお互い大好き。イングランドと敵対している仲間として。この関係はオールド・アライアンス、古き同盟と言われています。なので、スコットランド人は食への意識が高い。

 スープの国と言えるほどいろんな種類があります。チキンとポロネギが入ったコッカリキスープ、大麦などが入ったスコッチブロス。北海に面した漁港のカレンで生まれたカレンスキンク。近海のタラをスモークさせ、ミルクとジャガイモと一緒に煮込む。僕にとっての棒ダラの煮付けと同じで、彼らのソウルフードですね。

 そしてウイスキー!スコットランド人にとってウイスキーは生活の一部で人生に欠かせない。葬式の時は1週間ほど飲みっぱなしじゃないですか。でも食事の時には決して飲みません。食中酒はワインです。

 コットランドには、イングランドにはない新年の祝い方があります。ホグマニーといい、年が明けるとウイスキーを持って親しい人を訪ね歩く。元日は飲み続けます。イングランドの新年の休日は元日だけですがスコットランドは2日まで休み。元日にしこたま飲むので2日は誰も仕事ができないのです。

 第2次世界大戦中の1941年、スコットランドのエリスケイ島の沖で海難事故がありました。リバプールからアメリカに向けて出港したSSポリティシャン号という貨物船が、濃霧の夜に座礁したんです。

 には、2000万ポンド相当のジャマイカ紙幣が積まれていました。ドイツが侵攻してきたら、王室をジャマイカに避難させる計画があったからとささやかれています。他に積み荷として、ウイスキーが約26万本ありました。戦時中のためエリスケイ島では配給が途絶えていたので、島民は大喜びで座礁船から運び出しました。

 この事故のことを、イギリスの国民的作家のコンプトン・マッケンジーが小説にしました。島の人のウイスキーへの愛情がユーモラスに描かれています。49年には映画化された上、このたび約70年ぶりに映画がリメーク(『ウイスキーと2人の花嫁』=公開中)されました。ウイスキー好きにも、そうでない人にも絶対に見てほしいですね。

 こうした作品と接すると、酒が人々の暮らしにどれだけ深く関わっているのか、酒は文化だと改めて感じています。(聞き手・写真 菊地武顕)
 

<プロフィル> つちや・まもる


 1954年新潟県生まれ。5年間の英国生活でウイスキーに魅了される。「Whisky Galore」編集長、ウイスキー文化研究所代表。98年にスコッチウイスキーのハイランド・ディスティラーズ社より「世界のウイスキーライター5人」に選ばれた。NHKドラマ「マッサン」で監修を担当した。

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