[あんぐる] コ~ンな冒険待ってたよ トウモロコシ畑の迷路(福島県鏡石町)
2020年08月03日

岩瀬牧場の敷地内にある迷路。上空からは、青々と茂ったトウモロコシが電子回路のように見えた(福島県鏡石町で)
福島県鏡石町に7月中旬、飼料用トウモロコシでできた巨大な迷路が現れた。造ったのは、国内での本格的な西洋式酪農の発祥の地として知られる観光牧場の岩瀬牧場。迷路の面積は1.3ヘクタールと東北地方で最大級の規模。密集や密閉、密接を避けながら、酪農に触れられる観光スポットとして、早くも家族連れの人気を集めている。
迷路に入ると、挑戦者の前に3メートル近い高さの飼料用トウモロコシが立ちふさがる。緑の壁に囲まれながら3カ所のチェックポイントを回り、スタンプを集めて出口を目指す。総延長は約1.5キロ。ゴールまでにかかる時間は平均20分で、1時間ほどかかる人もいる。
同県西郷村から家族で訪れた佐藤佑太郎くん(8)は「難しくて途中で迷子になりそうだった。長い旅だった」と、探検後の汗を拭った。
新型コロナウイルスの影響で牧場は、4月20日から約4週間にわたって休業を余儀なくされた。一年で観光客が最も多く訪れる時期で、経営は大きな打撃を受けた。
安全に楽しめる催しを模索する中、トウモロコシ迷路に行き着いた。
5月上旬に種をまき、高さ30センチほどに育ったところで、芝刈り機で通路部分を刈り取って迷路にした。代表の伊藤喬さん(40)は「いつ再開できるのか、不安を抱えながらの作業だった」と振り返る。
感染防止を徹底するため、通路の幅は2.5メートルと広めにし、すれ違っても“密”にはならない。来場者が多いときは迷路に入る人数を制限し、密集を防ぐ。対策が理解され、多い日には1000人以上が訪れる。伊藤さんは「自粛や休校でたまった子どもたちのストレスを発散できる場所だ」と話す。
1880年に開業した牧場には、明治時代の牛舎や日本初のコンクリートサイロなどが残る。展示物を通じて酪農の歴史を解説する支配人の橋本政宏さん(72)は「迷路の後に展示物も見て、現代酪農の初期の姿を感じ取ってほしい」と話す。(富永健太郎)
「あんぐる」の写真(全4枚)は日本農業新聞の紙面とデータベースでご覧になれます
迷路に入ると、挑戦者の前に3メートル近い高さの飼料用トウモロコシが立ちふさがる。緑の壁に囲まれながら3カ所のチェックポイントを回り、スタンプを集めて出口を目指す。総延長は約1.5キロ。ゴールまでにかかる時間は平均20分で、1時間ほどかかる人もいる。
同県西郷村から家族で訪れた佐藤佑太郎くん(8)は「難しくて途中で迷子になりそうだった。長い旅だった」と、探検後の汗を拭った。
新型コロナウイルスの影響で牧場は、4月20日から約4週間にわたって休業を余儀なくされた。一年で観光客が最も多く訪れる時期で、経営は大きな打撃を受けた。
安全に楽しめる催しを模索する中、トウモロコシ迷路に行き着いた。

芝刈り機で雑草を刈り、迷路の通路を整える伊藤さん
5月上旬に種をまき、高さ30センチほどに育ったところで、芝刈り機で通路部分を刈り取って迷路にした。代表の伊藤喬さん(40)は「いつ再開できるのか、不安を抱えながらの作業だった」と振り返る。
感染防止を徹底するため、通路の幅は2.5メートルと広めにし、すれ違っても“密”にはならない。来場者が多いときは迷路に入る人数を制限し、密集を防ぐ。対策が理解され、多い日には1000人以上が訪れる。伊藤さんは「自粛や休校でたまった子どもたちのストレスを発散できる場所だ」と話す。
1880年に開業した牧場には、明治時代の牛舎や日本初のコンクリートサイロなどが残る。展示物を通じて酪農の歴史を解説する支配人の橋本政宏さん(72)は「迷路の後に展示物も見て、現代酪農の初期の姿を感じ取ってほしい」と話す。(富永健太郎)
「あんぐる」の写真(全4枚)は日本農業新聞の紙面とデータベースでご覧になれます
おすすめ記事

[農と食のこれから 二つの学校から]後編(下) 引きこもり生活一変 新たな居場所 たくましく歩む
「自信はまだないけれど、怖いほど迷いがない。きっと僕は農業が好きなんだと思う」。新型コロナウイルス禍の2020年度に日本農業実践学園に入校した18人の中で最年少、28歳の雙田貴晃さんが、ナスを促成栽培する温床を作ろうと土壌を掘り返しながら、白い歯を見せた。
挫折からしばらく引きこもりの生活が続いた。外の世界に連れ出してくれたのが農業だった。
諦めた司法試験
「理系一家」の末っ子だ。……
2021年01月21日

コロナで明暗分かれる 農畜産物販売内食がけん引 20年食品業界売上高
食料品を扱う各業界の2020年売上高が出そろってきた。新型コロナウイルス下でスーパーや宅配を手掛ける生協は家庭内の食事(内食)ニーズをつかみ好調だった。コンビニエンスストアや外食、百貨店は苦戦したが、生鮮品の扱いやテークアウト対応などで活路を探る。農畜産物の販売先は、引き続き内食向けがけん引する。(宗和知克)
各業界・団体が23日までに公表した20年の売上高(外食は11月まで)をみると、スーパー(食品スーパー3団体の販売統計)が、内食需要を捉えて大半の月で売り上げを伸ばした。宅配も、主力の日本生活協同組合連合会(日本生協連)の供給高が2月以降11カ月連続で前年を上回り好調が際立った。
一方、外食(日本フードサービス協会)は4月に底を打つも、前年を下回ったまま推移した。感染再拡大に伴う各地の時短要請で客足が遠のき、書き入れ時の12月も振るわない見通しだ。
百貨店(日本百貨店協会)は食料品の年間売上高が前年比16%減。4月は半減したが、6月以降は内食ニーズを踏まえた精肉や鮮魚、総菜の販売で回復に向かっている。
コンビニ(日本フランチャイズチェーン協会)は既存店ベースの年間売上高が5%減の約10兆円で、3年ぶりのマイナス。全店ベースでは比較可能な05年以降で初のマイナスとなった。
全体的にみると、新型コロナの影響が表面化したのは政府の臨時休校要請が出た3月からだ。スーパーでは消費者の巣ごもりから家庭調理ニーズが高まった。宅配も小麦粉や冷凍米飯など日持ちする食品を中心に注文が大きく伸びた。
4月に1度目の緊急事態宣言が発令されると、外出自粛や在宅勤務の増加でコンビニは客足が低迷。百貨店もインバウンド(訪日外国人)を含む観光客需要が止まり、果実など高級食材の苦戦が広がった。
6月以降も巣ごもり傾向が続き、各業界が対応を進めた。外食は生き残りへテークアウトやデリバリーなど事業を多角化した。しかし11月に、感染が再拡大すると外食などは再び鈍化し、現状も緊急事態宣言再発令による営業縮小などで、依然厳しい状況にある。
各業界は底堅い需要がある内食対応に注力する姿勢だ。コンビニ大手は野菜など生鮮食料品の扱いを強化している。食品スーパー3団体は「家庭内消費は引き続き堅調に推移する」、日本生協連は「今後、宅配の利用がさらに高まる想定が必要」とみている。
日本農業新聞の購読はこちら>>
2021年01月24日

奈良・明日香村移住者へ 「農+観光業」を提案 収入安定し放棄地も解消
奈良県明日香村は、観光業を営むために村に移住した人などを対象に、耕作放棄地を活用して農業に取り組んでもらうプロジェクトを2021年度から本格的に始める。初心者でもできるように、耕作放棄地を整備して貸し出し、作業も手厚く支援する。より収入が安定する「農業+観光業」の暮らしを提案し、移住の加速と耕作放棄地解消につなげる。
整備後に貸し出し
明日香村には飛鳥時代の史跡が多く残され、年間約80万人が訪れるなど観光が盛ん。……
2021年01月23日

かんきつの貯蔵病害対策 資材消毒剤が有効 静岡県
県農林技術研究所果樹研究センターは、温州ミカンなどかんきつの貯蔵中に発生し果実を腐敗させる貯蔵病害防止に、資材消毒剤による貯蔵箱の消毒効果が高いことを明らかにした。一方、エタノール噴霧は効果が安定せず、水洗浄と日光照射(天日干し)は効果がなかった。
普通温州ミカンは12月に収穫、年明けに出荷する。……
2021年01月21日

配合飼料高騰 長期化に農家恐々 負担増へ先手置き換え急ぐ 食べ残し削減徹底
トウモロコシや大豆など穀類相場の高騰で、国内で配合飼料の供給価格が上昇しているため、畜産現場に長期的な影響が及ぶ可能性が出てきた。JA全農によると、1~3月期の配合飼料供給価格は昨年10~12月期に比べ、全国全畜種総平均で1トン当たり3900円値上げされている。産地は、年内は高値が続く可能性があるとして、代替飼料の活用など新たな対策を模索し始めた。(関山大樹、中川達己)
北海道中標津町のTMR(完全混合飼料)センター「とうほろDairyCenter」は、配合飼料に大豆やトウモロコシなどを混ぜた混合飼料を作り、地域の酪農家の乳牛約1250頭に供給している。だが、飼料や原料を貯蔵する12個のタンクのうち現在、大豆だけが空の状態だ。
今冬、大豆を取引するメーカーに1トン当たり5000円の値上げを打診された。従来通りに飼料生産をした場合、年間400万円の負担増になる。代替策として、飼料の主要なタンパク源を加熱大豆から、タンパク含有率のやや低い「コーングルテンフィード」に置き換えた。
センターは大豆の他、トウモロコシ、しょうゆかす、配合飼料なども使う。代表の竹村聡さん(57)は「このままだと値上がりでさらに経費が増えるため、タンパク源を替えて早めに対策を打った」と説明する。
芽室町で肉用牛約4000頭を飼養する大野ファームは月700トンほど配合飼料を購入しており、飼料高騰前に比べ、毎月210万円経費がかさんでいる。代表の大野泰裕さん(56)は「配合飼料はすぐ置き換えられるものではないが、長期的に影響が続いた場合を考え、国産で置き換えられるものがあれば少しずつ替えていく」と見据える。
九州でも畜産農家が対応に苦慮する。飼養頭数50~100頭規模の養豚農家が多い宮崎県のJA都城では「豚の餌の食べこぼしを減らすなど、餌を無駄にしないこれまでの対策を継続し、徹底するよう呼び掛ける」(養豚課)としている。
穀類の国際価格の基準となるシカゴ先物相場では20日(米国現地時間)、トウモロコシが1ブッシェル5・22ドル。大豆も1ブッシェル13・70ドル。昨年1月の同相場はトウモロコシが同3ドル台、大豆は同8ドル後半~9ドル台で推移しており、今年は高値が続く。
相場高騰は昨年8月以降、南米や米国など主産地での高温乾燥や暴風雨による生育不良が原因。中国で飼料用の需要が増え、旺盛な輸入が続くことも影響した。
米国農務省が1月12日に発表した需給予測では、今年8月末の大豆の期末在庫は全需要量の3・1%と極めて低い水準に落ち込む見込み。穀類の需給逼迫(ひっぱく)が続けば、国内の配合飼料供給価格が高止まる可能性がある。
一方、1~3月期の配合飼料安定基金の補填(ほてん)額の決定は4月中旬を予定。発動されれば、5月末に支出される。
日本農業新聞の購読はこちら>>
2021年01月22日
あんぐるの新着記事

[あんぐる] 売り切れ御免秘伝の甘味 日本最北限のサトウキビ畑と「よこすかしろ」(静岡県掛川市)
日本最北限のサトウキビ栽培地とされる静岡県掛川市南部(旧大須賀町横須賀)で、地砂糖「よこすかしろ(横須賀白)」の製糖が続いている。11月下旬から2月までしか作られない希少品で、起源は江戸時代にさかのぼる。戦後になって衰退するが、「伝統産業をもう一度」と願う有志らが1989年に復活させ、今では毎年20トンの製造が見込めるようになった。
風力発電施設を臨む畑で刈り取られるサトウキビ。風が強い一帯で2メートルほどにまで育つため、農地の防風にも利用されていたという
よこすかしろは、高級砂糖「和三盆」の原料にもなる白下糖(しろしたとう)。横須賀藩の武士が18世紀末に身分を隠して四国へ渡り、秘伝とされていた製糖技術を習得するとともに、サトウキビの苗を持ち帰って広めたと伝えられる。以来、産業として地元に根差すが、1950年代半ばになると、安価な輸入砂糖に押され、庭先に残されたわずかなサトウキビが、各家庭で消費されるほどになってしまった。
有志たちはまず、地域に残ったわずかなサトウキビから苗を育てて7アールの畑に作付けし、辛うじて製法を知る高齢者から技術を学んだ。年々耕作地を拡張し、今では作付けを40アールにまで広げ、2013年には製法を伝承するための「よこすかしろ保存会」を発足させた。19年からは大須賀物産センター「サンサンファーム」の一角で製糖を続ける。
200グラム800円。サトウキビから取れる砂糖は約8%のため、10キロから800グラム程度しか取れない。しかも、よこすかしろの製糖は全て手作業のため、1回4時間をかけて作れるのは25キロ未満。だが、保存会の松本幹次さん(68)は「収益性を上げるより、地域の文化を後世に残すことこそが目的」と話す。
コーヒーや紅茶に入れても、煮物や菓子に使っても上質な甘さが好評だが、そのまま口に入れるのが一番のお勧め。試食すると、甘さの中にほんのりとした塩味や独特の風味が感じられ、素材の味が広がる。よこすかしろと、それを使った製品は「売り切れ御免」。サンサンファームの他、市内の道の駅や老舗菓子店でも販売される。(仙波理)
「あんぐる」の写真(全5枚)は日本農業新聞の紙面とデータベースでご覧になれます
日本農業新聞の購読はこちら>>
2021年01月18日

[あんぐる] 今年の顔です 嶺岡牧の白牛(千葉県南房総市)
今年は丑(うし)年。千葉県南房総市は、日本酪農発祥の地として知られる。同地にある県の酪農の歴史を伝える施設「酪農のさと」では、国内で初めて乳製品の加工を目的に飼育されたと伝わるゼブー種の牛「白牛(はくぎゅう)」がのんびりと過ごしている。
白牛は、白い毛と長く垂れた耳の愛らしい見た目。暑さに強く、あごの下の胸垂のたるみや、背中のこぶといった特徴がある。海外では乳肉兼用の牛で、ホルスタインのような大きな乳房はない。
江戸時代の1728年に、将軍の徳川吉宗がインド産の白牛3頭を輸入。軍馬を育成していた同地の「嶺岡牧」で飼い、とれた乳を砂糖と煮詰め薬用の乳製品「白牛酪」を作ったことが記されている文献が残る。その後、白牛は70頭まで増加し、乳製品が献上品から庶民への販売品になった記録もある。しかし、明治期に発生した牛疫で同地から白牛は姿を消した。
施設には乳牛や地域の酪農の歴史を学べる資料館がある
嶺岡牧はその後も、牛の改良や繁殖を研究する場として牛が飼われ続け、現在の酪農の基盤をつくった。県は同地を「日本酪農発祥地」として1963年に史跡に指定。現在も「酪農のさと」の隣に、約30ヘクタールの放牧地と県の嶺岡乳牛研究所があり、乳牛受精卵の供給や放牧技術の研究を進めている。
「酪農のさと」では、95年のオープン以降、同地のシンボルである白牛を国内で唯一、継続的に飼育。現在は、雌3頭が飼われ、そのうち2歳の2頭は、2019年にオーストラリアから導入した“新人”だ。3頭とも性格は穏やかで、日中は屋外で日なたぼっこをしたり、干し草を食べたりして、過ごしている。
同施設の押本敏治所長は「今は冬毛でグレーになっているのが見どころ。インドでは神の使いといわれ、縁起が良い牛です」と話す。(染谷臨太郎)
「あんぐる」の写真(全5枚)は日本農業新聞の紙面とデータベースでご覧になれます
日本農業新聞の購読はこちら>>
2021年01月11日

[あんぐる] お給料は The草 七面鳥農法(熊本県水俣市)
熊本県水俣市の果樹農園「Mr.Orange(ミスターオレンジ)」では、一風変わった“従業員”が働いている。海外ではクリスマスのごちそうとして親しまれる七面鳥だ。同園で農地を自由に歩き回り、雑草や害虫を食べるので、除草剤の散布が不要。「七面鳥農法」と名付け、人にも環境にも優しい循環型農業を実践する。
八代海を望む広さ1棟3アールのビニールハウスに、甲高い「ケロケロケロ」という独特な鳴き声が響く。レモンがたわわに実った木の下を、七面鳥がマイペースに歩き回る。
「雑草食べ放題がお給料」と笑顔を見せるのは代表の安田昌一さん(65)。現在レモンと「不知火」の2品目で七面鳥農法を実践。雄3羽、雌6羽をハウス3棟で放し飼いにする。
レモンの成長を確認する安田さん
安田さんは20年ほど前、農薬を散布した後に体調が悪くなったことをきっかけに「消費者にも生産者にも体に良い作物を作ろう」と、減農薬栽培を決心。アイガモ農法を参考に、鹿児島県の養鶏農家から七面鳥を仕入れた。
「七面鳥は性格が臆病で常に歩き回っているので、雑草の発生を抑えられる」とメリットを話す。導入前は月2回行っていた草刈りが、年に2回だけと大幅に減少。ふんは栄養豊富な土壌づくりに役立つ。七面鳥は年に3回ハウス内で自然に産卵。回収してふ化器でかえした後、約半年ほどハウスを仕切った一角で育ててからハウスに放す。寿命は8年ほどで食用には出荷しない。
安田さんは環境と健康に配慮する生産者を登録する同市の制度「環境マイスター」の認定者。園内の16種の果実はほぼ無農薬で、年30トンをインターネットなどで販売している。フルーツソースやジュースなどの加工品も健康志向の消費者に人気が高い。安田さんは「もっと七面鳥農法の規模を拡大して循環型農業を知ってもらいたい」と展望を語る。(釜江紗英)
「あんぐる」の写真(全6枚)は日本農業新聞の紙面とデータベースでご覧になれます
日本農業新聞の購読はこちら>>
2020年12月21日

[あんぐる] 時を知る1粒、遭遇 祖父江のギンナン(愛知県稲沢市)
全国有数のギンナン産地、愛知県稲沢市の祖父江地区で、町内に1万本以上といわれるイチョウの木々が黄金色に染まっている。
今年は新型コロナウイルスの感染拡大によって晩秋恒例の「そぶえイチョウ黄葉まつり」やライトアップが中止となったが、イチョウはいつもの年と同じようにギンナンをたわわに実らせ、生産者は特産品の出荷に追われている。
この地域から出荷されるギンナンは、丸形で大粒なのが特徴。町の北西の方角にある伊吹山から吹き降ろす冬の季節風「伊吹おろし」対策の防風林として、江戸時代にイチョウを植えたことが産地の起こりという。
イチョウ並木が神社仏閣や屋敷周りなど町中にあったことから、別名は「屋敷ギンナン」。木曽川流域の肥沃(ひよく)な土地で、樹齢100年を超えてなお実をつける大木も数多く残っている。米の凶作時には、備蓄食料になったとも伝えられている。
水洗いされたギンナン。冷水を使う作業で手は真っ赤に
収穫は葉がまだ青い8月下旬に始まった。JA愛知西祖父江町支店経済課の村上圭吾係長は「今年は夏の長雨と猛暑で、高齢化が進む生産農家の作業がはかどらずピンチでした」。毎年約120トンの収穫高が総量の85%程度に下回ったが、例年以上に品質が良かったため高値で取引され、売り上げは94%を維持した。
収穫されたギンナンはまず、専用の機械を使って果肉と種子を分離。続いて水洗い。このとき水に浮くものは実入りが悪いため取り除き、さらに比重1・08の塩水にもう一度漬け、再度浮き上がった物も除く。
こうして選別したギンナンは、「磨き粉」で研磨、乾燥した後に10粒合計の重さで等級分けし、ようやく出荷となる。塩水や等級分けの方法は、品質を守り続けるための独自の検査方法だ。
いくつもの過程を経て出荷されたギンナンは、東京都中央卸売市場豊洲市場や大田市場などを経由して全国の消費者に届けられる他、一部は京都の料亭へ直送される。(仙波理)
「あんぐる」の写真(全4枚)は日本農業新聞の紙面とデータベースでご覧になれます
日本農業新聞の購読はこちら>>
2020年12月07日

[あんぐる] 手仕事いちずに 能登志賀ころ柿(石川県志賀町)
能登半島の中央部にある石川県志賀町で、伝統の干し柿「能登志賀ころ柿」の加工が盛りを迎えた。「食べる芸術品」と例えられるあめ色で緻密な果肉の干し柿は、農家の惜しみない手間と地域固有の海陸風が生み出す。産地は今、地理的表示(GI)保護制度登録の追い風も受け、活気づいている。
「能登志賀ころ柿」は、2016年にGIに登録された。地元のJA志賀とJAころ柿部会が工程や出荷規格を厳格に管理し、確認できたものだけをこの名前で出荷している。
原料に使う柿の品種は「最勝」。100年以上前に地域の農家が干し柿に向く系統を「西条」から選抜した品種だ。糖度が高く、果頂部がとがった形で、やや小ぶりなサイズは、同地の干し柿作りの最大の特徴である入念な手もみ作業に適している。
手もみは、皮をむき硫黄薫蒸を経て自然乾燥した後に、一玉ずつ農家が手作業で果肉をもんで繊維をほぐす作業。もむほどに果汁が出て、それをじっくりと乾燥させる工程を繰り返し、和菓子のようかんのような滑らかで、きめ細かい干し柿に仕上げる。
JA営農部の土田茂樹担い手支援室長は「徹底した手もみや、繊細な温度管理など、農家の手が柿を芸術品に変えます」と胸を張る。
加工時期の11月になると、農家の作業場にオレンジのカーテンが現れる
干し柿作りは、稲作地帯の同地で農家の冬の手仕事として始まり、1932年に販売用の生産が本格化した。92年に7万ケース(1ケース=約1キロ)まで増えたが、高齢化が進み2014年には3万ケースまで減少した。
産地再生の一手として、JAや生産者が選んだのがGIだ。登録による知名度アップなどで、取引価格が1割ほど上昇。部会員や生産面積も増加に転じ、現在は130人の部会員が86ヘクタールで生産。昨年は4万2500ケースを「能登志賀ころ柿」として出荷した。
部会長の新明侃二さん(76)は「GIの登録は、生産者に地域の象徴をつくっているというプライドを生んだ。それが数字に表れたのでしょう」と笑顔を見せる。(染谷臨太郎)
「あんぐる」の写真(全5枚)は日本農業新聞の紙面とデータベースでご覧になれます
日本農業新聞の購読はこちら>>
2020年11月30日

[あんぐる] 復興の心ともる 棚田ライトアップ(福岡県東峰村)
薄暮に青く染まる空の下、何層にも連なる石垣が光り輝く──。
福岡県東峰村の「竹地区の棚田」で、棚田のライトアップイベント「秋あかり2020」が開かれた。豪雨災害からの復興祈願として始まり、例年多くの観光客でにぎわうが、今年は新型コロナウイルス感染拡大防止のため、「密」を避け静かに催した。
午後5時半。日が沈んだ同村で、400年の歴史を持つ棚田が闇の中に浮かび上がった。約300個の発光ダイオード(LED)ライトで照らされた石垣が黄や青、白と淡く色づき、来場者は満天の星の下で散策や撮影を楽しんだ。
この棚田は、標高250~400メートルの中山間地に位置し、面積11ヘクタールの棚田の中に、民家が点在する景観が特徴。田んぼは「400年、400枚」とも称され、1999年には農水省の「日本の棚田百選」に選ばれた。
棚田でキャンプを楽しむ家族
2017年の九州北部豪雨で地域一帯が被災し、村は土砂や流木被害による壊滅的な被害を受けた。付近の山には崩れた斜面を補修した跡が残る。棚田のライトアップは村の復興を願い、18年から始まった。地元住民らを中心とした一般社団法人「竹棚田」が、企画・運営を担う。代表理事の伊藤英紀さん(68)は「今年は7月に発生した豪雨災害と、コロナに負けないという思いも込めた」と開催の意気込みを話す。
11月8日までのライトアップ中は、田んぼをキャンプ場として開放。同県直方市から家族で訪れた大西良さん(41)は「開放感があり、子どもたちもコロナを気にせず伸び伸び楽しめる」と笑顔を見せる。
地域では高齢化や過疎化が進むが、同法人が古民家を改造した農泊施設やキャンプ場、棚田を見渡せるカフェなど新たな観光施設を次々とオープン。利益を棚田の保全活動に還元し、地域には新たな雇用も生まれた。
伊藤さんは「復興を祈る灯(あか)りは棚田の保全にもつながっている。将来村が『ポツンと一軒家』にならないよう地域を守りたい」と鎌で石垣に生えた草を手際よく刈り取っていた。(釜江紗英)
「あんぐる」の写真(全5枚)は日本農業新聞の紙面とデータベースでご覧になれます
日本農業新聞の購読はこちら>>
2020年11月16日

[あんぐる] 牛飼いの道究める 発信する畜産農家、田中一馬さん(兵庫県香美町)
但馬牛の産地、兵庫県香美町の和牛繁殖農家の田中一馬さん(42)は、自ら制作した動画で和牛の魅力や畜産農家の日常を、動画投稿サイト「ユーチューブ」へ積極的に発信している。削蹄(さくてい)師の資格も持ち、食肉加工や精肉販売といった複合的な経営を手掛ける傍ら、これまでに制作した動画は240本を数える。伝えたいのは「奥深い牛飼いの世界」だ。
「こんちは。田中畜産の田中一馬です!」
動画は軽快なあいさつで始まる。技術を伝える動画では「低体温子牛の蘇生法」「神経質な牛の削蹄」など、実体験に基づくノウハウを惜しみなく紹介。農機や持続化給付金を解説する動画もある。
消費者の疑問や好奇心に答える題材も多く、品種別の和牛の食べ比べや和牛の乳の味など、農家ならではの視点を発揮。「牛は赤色に興奮するか」の“実験”や、「子牛と哺乳瓶早飲み対決」などの娯楽性に富む投稿は、視聴者を飽きさせない。
田中さんは「プロの農家が見て違和感がなく、専門的な話はかみ砕いて伝えるのを心掛けている」と言い、生産者から消費者まで幅広い支持を得て人気の投稿は11万を超す視聴数を誇る。
枝肉を買い戻した精肉販売も手掛ける。妻のあつみさん(33)(左)が切り分けを担当している
田中さんは同地で研修を経て2002年に新規就農した。発信活動は、その頃に始めたブログが起点だ。現在はツイッターやインスタグラムなど、さまざまなインターネット交流サイト(SNS)を駆使。フォロワーは延べ4万人に上る。
発信が生んだ“共感”は顧客の獲得に結び付き、精肉のネット販売では、1頭分(350人前)が8分で完売した。
畜産農家として確かな実力も備える。就農時から田中さんを知るJAたじまみかた畜産事業所の田中博幸さん(60)は「とにかく勉強熱心で、子牛の管理も良い。今では品評会上位の常連で、後輩の面倒見もいい」と信頼を置く。
田中一馬さんは「見られても恥ずかしくない農家であり続け、牛の面白さを多くの人に伝えたい」と話している。(染谷臨太郎)
「あんぐる」の写真(全5枚)は日本農業新聞の紙面とデータベースでご覧になれます
■この記事の「英字版」はこちらをクリックしてください。
日本農業新聞の購読はこちら>>
2020年11月02日

[あんぐる] 行ったり来たり 権座の稲刈り(滋賀県近江八幡市)
秋晴れの空の下、農機を載せた田舟が鏡のような湖上を静かに渡る──。
滋賀県近江八幡市、琵琶湖そばの内湖「西の湖」には、舟でしかたどり着くことができない水田がある。「権座」と呼ばれる面積2・5ヘクタールの小島で、地元農家が酒造好適米を栽培。コンバインを木製の田舟で運び入れ、秋の実りを収穫した。 12日の朝7時ごろ、地元の農家6人が同市白王町の船着き場に集合した。木製の田舟4隻を連結し、はしごを掛け、転覆しないよう2トンのコンバインを慎重に載せる。その後約150メートル先の権座の船着き場までゆっくりと水上を進んだ。
農家は「権座・水郷を守り育てる会」のメンバー。会長の東房男さん(75)は、「半漁半農の集落だったので、どの家にも田舟があった。小学生の頃は牛を舟で運んでいた」と懐かしむ。
西の湖に浮かぶ権座。収穫する水田によって二つの船着き場を使い分ける
かつて地域には権座のような水田が七つあったが、戦後の干拓事業によって権座以外は陸続きになった。2006年、地区周辺の水郷風景が国の重要文化的景観の第1号に指定されたことをきっかけに保存の機運が高まり、08年に同会が発足した。
権座には水田が11枚あり、耕作面積は1・5ヘクタール。それぞれ「安五郎」や「孫助」など地元の地権者の屋号で呼ばれている。08年から名前が権座にふさわしいと酒造好適米「滋賀渡船6号」の作付けを開始。09年には収穫した米を使い、東近江市の喜多酒造が日本酒の醸造を始めた。
同会は水郷の原風景を守るため、権座に橋は架けず、不便さや転覆の危険を伴っても、舟での往来を続ける。同会事務局長の大西實さん(65)は、「何にでも効率化やスピード感が求められる時代だが、権座では時がゆったり流れる」と、田舟に収穫したもみを載せ、権座と陸地を何度も往復していた。(釜江紗英)
日本農業新聞の購読はこちら>>
2020年10月19日

[あんぐる] 映えて 栄えて 赤米で地域おこし(岡山県総社市)
夕焼けに染まる朱色の稲穂――。
岡山県総社市では日本で3カ所しかない神前に赤米を供える「赤米神事」が継承されている。観光名所である備中国分寺の前には赤米の水田が広がり、稲穂が色づく見頃には多くの観光客が訪れる。また近年では生産が広がっている。赤米はビタミンやポリフェノールが豊富で、甘酒などの加工品は人気商品になっている。
赤米は飛鳥時代には栽培されていたといわれる古代米で、玄米の種皮が赤いのが特徴だ。
総社市の五穀豊穣(ほうじょう)を祈願する神事「赤米の神饌(しんせん)」は、県の重要無形民俗文化財に指定されており、神事で供える「総社赤米」は、門外不出で地元の有志らの手によって守られてきた。
この伝統の赤米に新しい風が吹き始めている。難波尚吾さん(39)、友子さん(39)夫妻は、2011年から総社市で赤米の栽培を始め、3人の農家と共に「総社古代米生産組合」を設立。県が開発した「総社赤米」に「サイワイモチ」を掛け合わせた赤米「あかおにもち」などを5ヘクタールで栽培し、赤米を使った商品開発を手掛ける「レッドライスカンパニー」を立ち上げた。
備中国分寺前の水田で赤米の状態を確認する難波尚吾さん(左)と友子さん。すぐそばには五重塔が見える
難波さんらは食品メーカーで勤務した経験を生かして甘酒や塩こうじなど20種類以上の商品を開発。18年には自社加工場を立ち上げ、幅広い加工品作りに力を入れる。
また耕作放棄地で赤米の栽培を始めたことで、出穂の時期の幻想的な風景がインターネット交流サイト(SNS)で話題になった。
16年から市などが毎年開く「赤米フェスタ」では、備中国分寺前の広場でコンサートが開かれる。今年は新型コロナウイルス感染拡大の影響で中止したが、総社赤米大使の歌手、相川七瀬さんの歌唱シーンなどを収録した動画をユーチューブで公開した。尚吾さんは「赤米で総社の魅力を日本や世界に向けて発信したい」と笑顔を見せる。(釜江紗英)
「あんぐる」の写真(全5枚)は日本農業新聞の紙面とデータベースでご覧になれます
日本農業新聞の購読はこちら>>
2020年10月05日

[あんぐる] 自慢の孫たちです 奥会津金山赤カボチャ (福島県金山町)
福島県の会津地方、新潟県境に位置する金山町。高齢化率県内1位の山深い農村が、特産のカボチャ作りで活気づいている。濃いオレンジ色が特徴で、その名は「奥会津金山赤カボチャ」。独特な食感は「高級な栗のよう」とも表現され、毎年、出荷分は全て完売するブランドカボチャだ。
9月上旬、町内の廃校になった中学校を改装した作業場。鮮やかなオレンジ色の実が、緑色のシートの上にころころと並ぶ。出荷前に、カボチャを風通しの良い場所に置き、糖度や保存性を高める熟成作業の風景だ。
カボチャは、地元農家でつくる「奥会津金山赤カボチャ生産者協議会」が手掛ける。メンバーは現在92人で、平均年齢は70歳を超える。
町内で自家採種した種を育苗し、5月下旬に各自の畑に定植。8月中旬から約1カ月間で収穫する。皮が薄く傷つきやすいため、丁寧な管理が必要だが、大型の機械が不要で高齢者でも栽培できる。
糖度や底部にある“へそ”の形の美しさなど、協議会で定めた厳しい基準を合格したものだけに、金色の合格シールを貼り出荷する。毎年、約1万6000個が県内のスーパーや道の駅などで販売される。
つり下げた状態で栽培中のカボチャ。底部には特徴的な大きなへそがある
メンバーの押部清夫さん(70)は「今の10倍作っても足りないくらいだ」と人気ぶりを話す。
東京都中央区にある同県のアンテナショップは毎年販売フェアを開く。来店した品川区の山内裕正さん(55)は「高級な栗のような食感で、煮ても揚げても何をしてもうまい。数年前に食べて感動して以来、毎年買っている」と購入していた。 この赤いカボチャが地域にいつ伝わったかは定かではないが、80年ほど前には既に栽培されていたという。
2008年、他の地域では珍しい赤いカボチャを町の特産品にしようと農家が集まり協議会を結成。18年には特許庁の「地域団体商標」を取得するなどブランド化を進めてきた。
協議会会長の青柳一二さん(75)は「高齢化が進む町だが、作った分だけしっかり売れるので、皆はやりがいを感じている」と話し、「毎日畑に通い、孫のように大事に世話をしてきたカボチャ。ぜひ味わってほしい」と笑顔を見せた。(富永健太郎)
日本農業新聞の購読はこちら>>
2020年09月21日