感染リスクと活動自制 他者の判断も尊重を 思想家・武道家 内田樹

内田樹氏

 恒例の「海の家」から帰ってきた。「例年通り開催しても平気でしょうか?」という不安がる声もあったが、人けのない閑散とした海岸だし、宿は1棟貸し切りであるから、旅館の人以外とは口を利く機会もない。「まあ、大丈夫でしょう」と判断して、決行した。
 

基準はそれぞれ


 宿では、どの程度活動を自制するのが適切なのかが話題になった。知り合いの中には家から一歩も出ないという人もいるし、公共交通機関は使わないという人もいる。感染症の専門家である友人たちに聞いても、アドバイスにはかなりの温度差がある。

 私は一応外に出る時はマスクをするし、小まめに手指消毒をしている。個人的にはそれ以上のことはできない。ただ、稽古する道場はそうはゆかない。いくら換気をしても、密集、密着の「2密」は避けられないからである。

 道場は3月から5月末まで休館し、緊急事態宣言の解除を受けて稽古を再開したけれど、7月中旬になって新規感染者が県内市内で急増したので、再び休館することになった。感染者数がピークアウトして、地域の医療崩壊リスクが去ったという保証が確かめられるまで、稽古はお休みである。私が決めた個人的基準だから、一般性があるわけではない。現に、これまで通り稽古を続けている道場もある。どちらが正しいとも言えない。
 

「冷静に」恐れる


 専門家の意見がこれだけ違っている以上、感染症リスクをどの程度に見積もるかは最終的には個人の決断に委ねられている。そして、それぞれの判断については、「配慮が足りない」と罵倒することも「怖がり過ぎだ」と冷笑することも、いずれも自制すべきだと私は思う。それぞれの人には、判断の根拠としたなんらかの情報があるわけで、自分が知っている情報は客観的だが、他人が依拠している情報は「ジャンク」だと決め付けることは大人の取るべき態度ではない。

 ダニエル・デフォーの『ペスト』は1665年にロンドンを襲い、人口の4分の1が死んだ感染症の記録であるが、それが教えてくれるのは、怖がって早々とロンドンを逃げ出した人たちは生き延び、それぞれの事情でロンドンにとどまった人たちは高い確率で死んだということである。リスクを低く見積もったせいで生き延びる確率を高めたという事例はデフォーによっては報告されていないので、リスクを過剰に低く見積もらないこと、それだけを自分に言い聞かせている。

 うちだ・たつる 1950年東京生まれ。思想家・武道家。神戸女学院大学名誉教授、凱風館館長。専門はフランス現代思想など。『私家版・ユダヤ文化論』で小林秀雄賞、『日本辺境論』で新書大賞。近著に『日本戦後史論』(共著)、『街場の戦争論』。

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