ニュー“農”マル時代へ 注目される農的生活 農業ジャーナリスト 小谷あゆみ氏

 夏休みの工作は、もはや子どもだけのものではなくなりました。帰省の自粛や折からのステイホームで家庭菜園、料理、日曜大工などDIY需要が伸びています。お金よりも時間を使い、制作のプロセスを楽しむハンドメイドには、消費にはない喜びがあります。農家にしてみれば当たり前の自家調達や生み出す工夫に、とうとう都市の人々も気付いてしまったのです。

 筆者も利用している東京・世田谷の体験農園で先日、こんな光景を目にしました。小雨が降ってきたちょうどその時、農園仲間の女性が小走りでやってきて、「お客さんが来るからこれだけもぎに来たの」と言って、トウモロコシを2本素早くもいで帰ったのでした。ああ、この人は都会にいながらも、大地の恵みを享受することをこんなに喜び、畑と自分の共同作品であるもぎたてトウモロコシの感動を友人と分かち合いたくて、小雨の中走ってきたのだなと思うと、なんとも豊かな気持ちになりました。

 ニューノーマルならぬ、ニュー農マル時代!生産的=農的な暮らしへの転向は、本来誰もが持っている帰巣本“農”ではないでしょうか。市場が元気な間、都市のにぎわいは魅力的ですが、都市が疲弊した今、人々は疲れを癒やし、安心して帰れる場所として「農」を求めているのです。

 帰巣本“農”はこれまでの「帰農」と違い、若い世代がこれからの生きやすさを求めるポジティブな行動変容です。地方への回帰だけではなく、都市にいても身近な農に親しむことで、自分らしさと心の安定を取り戻そうという地に足の着いたパラダイムシフト(社会規範の変革)です。今、人々が最も手に入れたいのは、心身の健康ですから、密の少ない農空間はまさに楽園なのです。

 観光業界では、遠方の富裕層を当面封印し、「マイクロツーリズム(近距離旅行)」にシフトし始めています。県内などの地元客に向けて、田舎体験を観光資源にする、いわばローカル経済循環による生き残り策で、森林ヨガや収穫体験などのヘルスツーリズムも含まれています。

 都市や他業界がこれほど農を必要とする一方で、肝心な農の側は果たしてどうでしょうか。新時代における農業農村の強みとは何か。そろそろ食料を大量に効率よく生産して都市に供給する一本道だけでなく、関わる人々を懐広く迎え入れ、人間らしさを取り戻す包摂的な農の力を発揮する時ではないでしょうか。

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