九州豪雨・福岡 耐える日々いつまで 田畑失い 募る不安 朝倉市 避難所

浸水し土砂が流れ込んだJA筑前あさくらの杷木選果場で、復旧作業に当たる職員ら(江口和裕写す=8日、福岡県朝倉市で)

 九州北部を襲った記録的豪雨が中山間地に住む農家から田畑を奪った。福岡県朝倉市の避難所には、里を追われた高齢農家が身を寄せ合う。自宅に戻る道は大量の土砂や流木があふれ、途絶えたままだ。「命だけは残ったけん」。多くを失いながらも避難者は亡くなった人を思いやり、じっと耐える日を重ねている。

 同市にある三奈木コミュニティーセンターには約40人が身を寄せる。豪雨発生から3日過ぎた8日午後、孤立状態になった山間部から救助された人が広間で体を休めていた。80歳以上の高齢者が多く、痛む足腰を気遣う姿も目立った。西日が差し込むと室内は蒸し暑さが増した。

 同市佐田地区に住む日俣正子さん(83)は自宅近くの佐田川が氾濫し、避難した。押し流された道路が復旧するまで自宅には戻れない。が、「命拾いしただけでもありがたい」と気丈に振る舞う。

 異変に気付いたのは5日午後2時ごろだった。テレビを見ていると突然、停電。日が落ちてからも復旧せず、一緒に暮らす息子は大雨で帰宅できなかった。携帯電話を持たない日俣さんは孤立した。「真っ暗な部屋で、雷がごろごろと鳴ってピカッと光る。雨が激しく窓にぶつかる音が混じり、戦時中の防空壕(ごう)を思い出した」。一夜明けて救出されたが、目に入ったのは泥水に漬かった自宅と、土砂や流木が入り込み見る影もなくなった水田だった。

 同市鬼ケ城の白石康子さん(87)も救助された一人だ。足を痛めて補助なしでは歩けず、3人に担がれて麓に下りた。「いつ戻れるのか」。そう言って痛む足をさすった。地区にある10世帯は全員が避難している。集落に戻る道路は崖崩れでふさがり、水田も跡形もなくなった。米農家の白石英雄さん(59)は「避難所を使えるのにも期限がある。自宅から荷物さえ持ち出せず、これからの生活をどうすればいいのか」と声を落とした。
 

総力で支援 JA筑前あさくら


 地元のJA筑前あさくらは、農家や地域住民の支援に動きだしている。避難者に対する物資支援や、出荷を控えた農産物の受け入れ準備を職員の総力で進める。

 孤立した東峰村。JA職員が8日、JAグループなどから提供を受けた食料品や衣類、日用品など10種類を超える支援物資をJA東峰支店に届けた。同支店は同村宝珠山地区に三つある避難所へ物資を届ける機能を果たしている。避難時に十分な準備ができなかった住民に行き渡り、喜ばれているという。佐々木太加彰支店長は「必要なものを届け、早く正常の生活に戻ってほしい」と願う。

 JA管内では果樹栽培が盛んだが、桃などを扱う杷木選果場にも汚泥が流れ込んだ。稼働が出荷時期に間に合わなければ、農家が丹精して栽培した農産物は行き場を失いかねない。JA杷木支店には休暇予定だった職員も含め50人が集まり、泥をかき出した。

 JAの深町琴一組合長は「被災で苦しい思いをした職員もいる中、総出で復旧に当たっている。各部署が連携し管内で被害がない農産物はしっかり売り、危機を乗り越えていく」と強調する。(木原涼子、望月悠希)

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