くれなゐの二尺伸びたる薔(ば)薇(ら)

 〈くれなゐの二尺伸びたる薔(ば)薇(ら)の芽の針やはらかに春雨のふる〉。正岡子規の息遣いが、発句の奏でる“音”と共に耳に残る▼〈くれなゐ〉という語感の美しさ。〈針〉〈春雨〉〈ふる〉と柔らかなハ行の言葉で受ける技巧が光る。『子規の音』(森まゆみ著)は、仰臥(ぎょうが)する30代前半の子規にとって、東京・根岸の小さな家の窓から見える物全てを豊かな感性で詠んだとたたえた▼元気だった若い頃の子規も“音”と共にあった。有名な〈柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺〉はカ行を三つ続け後半の柔らかさを生かす“音”の句である。さらに〈宙を踏む人や青田の水車〉。そして、松尾芭蕉の足跡をたどり国内最後の大旅行となる東北・みちのくで詠む〈その人の足あとふめば風薫る〉もそう。鮮やかな色彩、におい、音までが同時に目に浮かぶ▼115年前のきょう、34歳の若さで子規逝く。絶句の題材は庭の糸瓜(へちま)。だから「糸瓜忌」の名が付く。最期はまな弟子・河東碧梧桐(へきごとう)と妹・律に支えられ〈糸瓜咲て痰(たん)のつまりし仏かな〉。自らを既に痰が詰まってもん絶した仏と突き放す。詩歌革新に挑んだ子規らしい壮絶な人生の締めくくり▼佐藤紅緑(こうろく)の『子規翁』は〈口よりも手の人を愛する〉と人柄を端的に表す。理論より実践を何より尊び愛した。

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