長年連れ添った妻に先立たれ男がつぶやく

 長年連れ添った妻に先立たれ男がつぶやく。「独りになりますと、急に日が長うなりますわい」。小津安二郎監督の「東京物語」である。笠智衆さんの滋味深い演技とともに、映画史に残る白眉のラストシーンだろう▼小津映画をこよなく愛したカズオ・イシグロさん(62)がノーベル文学賞を受賞した。長崎県生まれの日系英国人。好きな日本語は「もののあわれ」だという。彼の作品に流れる哀調や陰影が、小津の世界に通じるのはそのせいか▼代表作『日の名残り』は、老執事を通して大英帝国の落日と人生の晩年が、つづれ織りのように描かれる。記憶と現在、社会と個人、伝統と変化。イシグロ作品に通底するのは、人間を信じる力である▼『日の名残り』に政治談義の場面がある。村人が、人間が植物のようだったらよかったのにと言う。「大地にしっかり根を張ってさ。そうしたら、戦争だの国境だのなんていう問題は、最初からありえなかったんだ」▼あるいは敗戦前後の日本を舞台にした『浮世の画家』の一節。米国追随が急過ぎて「いいものまで悪いものといっしょに捨てられていると思わないか」と。受賞後に語った「この(不確実な)時代の善意や平和を後押しする力になることを願っています」という言葉に文学の希望を見る。

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