補助輪化した地域政策 農政の農村離れ憂う 明治大学農学部教授 小田切 徳美

小田切徳美氏

 現在の農政を巡り、政策形成過程への首相官邸の影響力の強まりが指摘されている。それはしばしば「官邸農政」と呼ばれる。その適否はともかく、農政の基本的性格が変化しつつあることは間違いない。一言で言えば産業政策への著しい傾斜である。2000年代初めには、産業政策と地域政策が農政の「車の両輪」となり、進められるべきだとされていたことを考えると、産業政策に「一輪車」化し、地域政策はその「補助輪」化したことになる。
 

農業は二層構造


 それでは、そもそもなぜ「車の両輪」なのか。多くの論者が水田を中心とする日本農業の本来的特徴から説明している。例えば生源寺眞一氏は、「農村コミュニティーの共同行動に深く組み込まれた基層」と、「市場経済との絶えざる交渉の下に置かれた上層」の「二層の構造」とする。

 この構造で重要なのは、両者の時間軸の相違である。上層の変化のスピードは速く、グローバリゼーションの進展はそれを著しく加速化している。他方で、下層の動きは緩慢である。農村集落における意思決定は、今も昔も全戸参加の寄り合いの場で全会一致による。

 こうした中で、日本の農政は、いつの時代にも「産業としての農業の自立」を言いつつも、何らかの形で「地域」を意識してきた。つまり、「車の両輪」農政の歴史は古い。ただし、正式に「農村」が政策対象となったのはそう昔のことではない。それは農水省にとって悲願であり、「農村」という名前を持つ局(農村振興局)も、ようやく01年の省庁再編時に設置された。

 この「基層」であり、「悲願」である農村を対象とする政策が、現在は急速に後景に追いやられている。気になるのは、農水省内部から、このような状況を当然として、「地域政策は総務省や国土交通省に任せればよい」という声が聞こえてくることである。
 

現場実態反映を


 そうではないだろう。なぜならば、二つの政策は「車の両輪」であると同時に、常にバッティングする可能性をはらんでいる。先述のように集落の話し合いと技術革新のスピードは明らかに異なる。だからこそ、ポリシーメーカー(政策立案者)はお互いの特性を認識することが必要である。それにより、両者の調整の糸口が生まれる。従って、もし農水省が産業政策省庁に特化したとすれば、産業政策自体にとっても痛手となる。

 そして、さらに気になるのは農村政策が停滞すると、それに伴い政策主体から農村が見えづらくなることである。政策は活発に動くことにより、施策自体の問題点を含めた現場ニーズや実態の情報が政策当局に集まる傾向がある。

 その点で、今の農政には、農村現場の実態を起点とする制度・政策が設計しにくい構造となっている可能性がある。そして、それが官邸などからのトップダウンによる政策を呼び込んでいるのではないだろうか。そうであれば「官邸農政」と言われる構図は、農政当局自らが作りだしていることになる。

 筆者が農政の農村離れを憂うるのはこの文脈においてである。杞憂であることを祈りたい。

<プロフィル> おだぎり・とくみ

 1959年神奈川県生まれ。農学博士。東京大学農学部助教授などを経て2006年から現職。専門は農政学、農山村再生論。高知大学客員教授を兼任。『農山村は消滅しない』『農山村からの地方創生』(近刊)など著書多数。

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