補助輪化した地域政策 農政の農村離れ憂う 明治大学農学部教授 小田切 徳美
2017年10月30日

小田切徳美氏
現在の農政を巡り、政策形成過程への首相官邸の影響力の強まりが指摘されている。それはしばしば「官邸農政」と呼ばれる。その適否はともかく、農政の基本的性格が変化しつつあることは間違いない。一言で言えば産業政策への著しい傾斜である。2000年代初めには、産業政策と地域政策が農政の「車の両輪」となり、進められるべきだとされていたことを考えると、産業政策に「一輪車」化し、地域政策はその「補助輪」化したことになる。
それでは、そもそもなぜ「車の両輪」なのか。多くの論者が水田を中心とする日本農業の本来的特徴から説明している。例えば生源寺眞一氏は、「農村コミュニティーの共同行動に深く組み込まれた基層」と、「市場経済との絶えざる交渉の下に置かれた上層」の「二層の構造」とする。
この構造で重要なのは、両者の時間軸の相違である。上層の変化のスピードは速く、グローバリゼーションの進展はそれを著しく加速化している。他方で、下層の動きは緩慢である。農村集落における意思決定は、今も昔も全戸参加の寄り合いの場で全会一致による。
こうした中で、日本の農政は、いつの時代にも「産業としての農業の自立」を言いつつも、何らかの形で「地域」を意識してきた。つまり、「車の両輪」農政の歴史は古い。ただし、正式に「農村」が政策対象となったのはそう昔のことではない。それは農水省にとって悲願であり、「農村」という名前を持つ局(農村振興局)も、ようやく01年の省庁再編時に設置された。
この「基層」であり、「悲願」である農村を対象とする政策が、現在は急速に後景に追いやられている。気になるのは、農水省内部から、このような状況を当然として、「地域政策は総務省や国土交通省に任せればよい」という声が聞こえてくることである。
そうではないだろう。なぜならば、二つの政策は「車の両輪」であると同時に、常にバッティングする可能性をはらんでいる。先述のように集落の話し合いと技術革新のスピードは明らかに異なる。だからこそ、ポリシーメーカー(政策立案者)はお互いの特性を認識することが必要である。それにより、両者の調整の糸口が生まれる。従って、もし農水省が産業政策省庁に特化したとすれば、産業政策自体にとっても痛手となる。
そして、さらに気になるのは農村政策が停滞すると、それに伴い政策主体から農村が見えづらくなることである。政策は活発に動くことにより、施策自体の問題点を含めた現場ニーズや実態の情報が政策当局に集まる傾向がある。
その点で、今の農政には、農村現場の実態を起点とする制度・政策が設計しにくい構造となっている可能性がある。そして、それが官邸などからのトップダウンによる政策を呼び込んでいるのではないだろうか。そうであれば「官邸農政」と言われる構図は、農政当局自らが作りだしていることになる。
筆者が農政の農村離れを憂うるのはこの文脈においてである。杞憂であることを祈りたい。
<プロフィル> おだぎり・とくみ
1959年神奈川県生まれ。農学博士。東京大学農学部助教授などを経て2006年から現職。専門は農政学、農山村再生論。高知大学客員教授を兼任。『農山村は消滅しない』『農山村からの地方創生』(近刊)など著書多数。
農業は二層構造
それでは、そもそもなぜ「車の両輪」なのか。多くの論者が水田を中心とする日本農業の本来的特徴から説明している。例えば生源寺眞一氏は、「農村コミュニティーの共同行動に深く組み込まれた基層」と、「市場経済との絶えざる交渉の下に置かれた上層」の「二層の構造」とする。
この構造で重要なのは、両者の時間軸の相違である。上層の変化のスピードは速く、グローバリゼーションの進展はそれを著しく加速化している。他方で、下層の動きは緩慢である。農村集落における意思決定は、今も昔も全戸参加の寄り合いの場で全会一致による。
こうした中で、日本の農政は、いつの時代にも「産業としての農業の自立」を言いつつも、何らかの形で「地域」を意識してきた。つまり、「車の両輪」農政の歴史は古い。ただし、正式に「農村」が政策対象となったのはそう昔のことではない。それは農水省にとって悲願であり、「農村」という名前を持つ局(農村振興局)も、ようやく01年の省庁再編時に設置された。
この「基層」であり、「悲願」である農村を対象とする政策が、現在は急速に後景に追いやられている。気になるのは、農水省内部から、このような状況を当然として、「地域政策は総務省や国土交通省に任せればよい」という声が聞こえてくることである。
現場実態反映を
そうではないだろう。なぜならば、二つの政策は「車の両輪」であると同時に、常にバッティングする可能性をはらんでいる。先述のように集落の話し合いと技術革新のスピードは明らかに異なる。だからこそ、ポリシーメーカー(政策立案者)はお互いの特性を認識することが必要である。それにより、両者の調整の糸口が生まれる。従って、もし農水省が産業政策省庁に特化したとすれば、産業政策自体にとっても痛手となる。
そして、さらに気になるのは農村政策が停滞すると、それに伴い政策主体から農村が見えづらくなることである。政策は活発に動くことにより、施策自体の問題点を含めた現場ニーズや実態の情報が政策当局に集まる傾向がある。
その点で、今の農政には、農村現場の実態を起点とする制度・政策が設計しにくい構造となっている可能性がある。そして、それが官邸などからのトップダウンによる政策を呼び込んでいるのではないだろうか。そうであれば「官邸農政」と言われる構図は、農政当局自らが作りだしていることになる。
筆者が農政の農村離れを憂うるのはこの文脈においてである。杞憂であることを祈りたい。
<プロフィル> おだぎり・とくみ
1959年神奈川県生まれ。農学博士。東京大学農学部助教授などを経て2006年から現職。専門は農政学、農山村再生論。高知大学客員教授を兼任。『農山村は消滅しない』『農山村からの地方創生』(近刊)など著書多数。
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柿、梨、キウイフルーツなど 「湯むきのよう」果皮手でつるん 静岡県
柿、梨、キウイフルーツなどの果実の皮を、温州ミカンやバナナのように手で簡単にむける技術を、静岡県農林技術研究所果樹研究センターが開発し、特許出願した。成熟ホルモンのエチレン処理した後、95度以上の熱湯で30秒ほど熱処理して湯むきすると、皮がつるっとむける。カットフルーツなどの加工作業での利用や、家庭消費の拡大が期待される。
酵素処理することで、簡単に皮をむく方法を和歌山県や農研機構が実用化している。だが、樹種や品種によってはむけないものがあった。
同センターはキウイフルーツをエチレン処理すると容易に皮がむけることを確認。処理時間とエチレン濃度を検討し、多くの樹種と品種でも実用化できるようにした。酵素処理でむけなかった柿の「富有」「次郎」の他、梨、西洋梨、桃で確認した。開発した村上覚上級研究員は「トマトの湯むきのようにむける。エチレン処理で熟すタイプの果樹に利用でき、世界初の技術だ」と話している。
2018年04月21日

金本兼次郎さん(ウナギ料理人) 「焼き方」は一生の修業 ご飯の出来おいしさ左右
ウナギの世界では、さばくのに3年、串打ちに3年、焼くのは一生といわれています。焼くのは一生かけてやり続ける修業だという意味だと思います。私は今日も焼きましたが、本当に納得できたのは最後のウナギくらいですかねえ。
ウナギというのは同じように見えて、一匹一匹皆違います。脂がのってるのもあれば、のってないのもある。その都度その都度、焼き方を考えないといけない。一回一回が勝負です。
今年の1月1日で90歳になりました。本当は前の年の12月27日か28日に生まれたようです。たぶん親は、私が兵役に行くのを延ばそうと思って、翌年の生まれにしたんでしょう。それで満州への徴用を免れました。12月生まれならいや応なしに行かされていたと思います。
家は5月25日の空襲でやられました。いつも私は2階に寝ていたんですけど、親父がその日に限って「今日は防空壕に入れ」と言ったんです。おかげで助かったんです。後で家に帰ったら、屋根が吹っ飛んでいました。
私たちにとって命の次に大事なのは、たれでございます。親父は家の前に防空壕を掘ってたれなど一式入れておきましたので、江戸時代から継ぎ足しで使ってきたたれは無事でした。
長年続く店の5代目として、常によそ様と比較して、ウナギの焼き方や蒸し方を勉強しています。3週間前に福岡に、1週間前に小倉に食べに行きました。来週は大阪に行きます。
大阪ではウナギを蒸しません。たぶん東京の人は大阪でウナギを食べて「硬い! これは俺の食べるウナギではない」と思うでしょう。でも1週間ほど食い倒れの街でたこ焼きなどを満喫した上でウナギを食べたなら「あ、そうか」と理解できると思うんです。
福岡のたれはすごく甘い。それが苦手な東京の人は多いでしょうけど、1週間いた上で食べれば、納得すると思います。
その土地の気候や生活習慣で食べ方が変わります。こういう食文化の違いをどう考えるか。
うちはパリにも支店があります。元になるたれを日本から送り、まったく同じ味でウナギをお出ししています。パリのお客さんは、箸を使って食べてくださいます。ナイフとフォークをくれとは言いません。皆さん、日本の食文化に敬意を持っていて、和食というものに挑戦しているんだと思います。
そのようなフランス人の食文化の捉え方が好きですし、おいしいものがたくさんあるので、10年くらいかけて、レンタカーでフランス全土の食べ歩きをしたものです。
中で強く印象に残っているのが、モナコで食べた子牛。まだ胎内にあるものを引っ張り出して調理したそうで、柔らかい食感といい、ミルクっぽい香りといい、素晴らしかった。
国内でも海外でもいろんなものを食べました。その上で私は、ご飯ほどおいしいものはないと思っています。確かにステーキはおいしいですよ。ウナギもおいしいですよ。でも毎日は食べられないでしょう。ご飯は1日3食、365日食べても飽きません。それも毎回、おいしく食べられるんです。
店でお客さんに「今日はちょっとおいしくなかった」と言われることがあります。そんな日は、ご飯の炊き方が悪かったんですね。ご飯が良くないと、ウナギが良くてもおいしくない。
こんなことを言うと怒られちゃうでしょうけど、たぶん農家の方が思っている以上に、ご飯の味は大事。農家の皆さんは素晴らしいものを作っているんです。これからもよろしくお願いします、と言いたいですね。
(聞き手・写真 菊地武顕)
<プロフィル> かねもと・かねじろう
1928年、東京都生まれ。寛政年間(1789~1801年)に創業したウナギ店「野田岩」店主。ワインと合わせたり、志ら焼(白焼き)とキャビアを組み合わせるなど新しい試みも提唱。著書に『生涯うなぎ職人』。
2018年04月22日

森友問題と農政改革 近視眼の弊害検証を 新潟食料農業大学教授 武本俊彦
森友・加計問題などを巡る安倍晋三首相や政府の対応は、時代錯誤の縁故資本主義を体現している。官邸主導の名の下、適正な手続きを経ずに一部の権力者周辺に利益をばらまくトップダウンで、短期的成果を求める。その本質は農政改革とも共通しており、近視眼的な政策手法の弊害について検証することが必要だ。
国民の食料を供給する農業は、動植物の養育を基本とし、生産要素に占める土地の比率の高い土地集約型産業である。その結果、地域の自然的環境に左右され、農村という居住の場で展開される。つまり、農業は地域条件を前提に展開せざるを得ないのだ。
だが、安倍政権が官邸主導で進める農政改革は、現場で創意工夫をしている人々の存在を無視し、地域の多様性を捨象する政策体系となっている。全国の農業や農家を画一的に考え、同じように短期的成果や経済合理性を追求するという思考回路で政策を構築しているのだ。
地方にばらまき
例えば、アベノミクスの目玉とされた地方創生は、地方への権限・財源の移譲よりも、補助金の活用によって中央政府の考え方に沿って地方の底上げを図ろうとするものになっている。人口減少・高齢化社会の到来、地震・災害の多発化といった不確実性が増す中、中央政府は本来、地方の創意工夫が発揮できるように、補完的役割に徹するべきである。だが、そうなっていない。これも短期的成果を求める観点から地域の諸条件を捨象する市場原理主義の考えに立脚している結果である。
また、水田農業においては、規模拡大が進まず、農地をまとまった形で担い手に集積させることが急務の課題である。だが、安倍政権が力を入れる農地中間管理機構(農地集積バンク)を中心とする農地の流動化政策は、全国一律の農地市場が成立していることを前提としている。
適正手続き経ず
お金の貸し借りでは、お金自体に「個別性」や「特定性」に関心があるわけではなく、その「価値」に着目する。一方、土地については、その「土壌」などの作物の生育に影響を与える条件など「個別性」や「特定性」を考慮して行うものであり、両当事者の意向が強く反映されることになる。お金のような「匿名性」を前提とする市場とはならない。そのことを無視すれば農地の集積・集約が進まないのは当然のことであろう。
結局のところ、安倍政権の政策手法は、データの客観的分析と利害関係者の意見も踏まえた政策の評価を行った上で企画立案を行っていないのである。つまり政策決定過程の透明化と国民に対する適正な手続きに従って、政策の執行がなされていないということを示している。
森友・加計問題などを巡る情報隠蔽(いんぺい)や文書の改ざんなどは、適正な手続きを欠いた安倍政権の政策手法の弊害やゆがみを露呈するものでもある。
今国会で問われている森友・加計問題などの本質は農政改革とも共通で、それらを国会で解明するのは、農政改革の在り方を評価する上でも重要なのである。
<プロフィル> たけもと・としひこ
1952年生まれ。東京大学法学部卒、76年に農水省入省。ウルグアイラウンド農業交渉やBSE問題などに関わった。農林水産政策研究所長などを歴任し、食と農の政策アナリストとして活動。2018年4月から現職。
2018年04月23日
パレット輸送実証 積み荷時間3割減 来月以降推進協
産地と物流業者などが連携し、農産物のパレット輸送導入により、積み荷時間の30%削減を目指す実証実験に取り組む。トラックの運転手不足を受け、流通時の荷役負担を軽減するため、統一パレットを使用、従来の手積みや手降ろしの輸送に比べた省力効果を明らかにする。5月以降に推進協議会を立ち上げ、2020年度末までに削減目標の達成を目指す。
農水省と経済産業省、国土交通省でつくる農産品物流対策関係省庁連絡会議が、産地から消費地まで一貫したパレチゼーションの普及へ、協議会設立を決めた。
実証実験では、輸送の一般的な規格とされる1・1メートル四方のプラスチック製パレットに、移動情報を記録する電子タグを付けた統一パレットを使う。遠隔地で統一パレットの使用が可能な産地をモデルとし、卸、小売り、パレットレンタル会社へと循環させる。記録を把握、管理することで輸送にかかる時間の省力化や、パレット回収率の向上につなげる。
連絡会議によると、農水産物はトラックドライバーの拘束時間が平均約12時間半と、工業製品など他の品目に比べ、その長さが際立つ。一方で積載効率が下がることを危惧し、依然として手積み、手降ろしを続けようとする動きがある。
農水省は「ドライバー不足が深刻化している状況の改善に、現場から声を上げる必要がある。パレットを使用した効果を探り、利用者の拡大を目指す」(食料産業局)と説明する。
同省は、協議会の事業実施者の公募を5月10日まで受け付けている。
2018年04月26日

手作りとちおとめ いちごジュース
栃木県栃木市の西方町農産物加工組合「おとめ会」が30年以上製造・販売するロングセラーのジュース。イチゴは100%「とちおとめ」を使う。イチゴを煮詰めてこした液体を沸騰させ、砂糖などを加えた。3、4倍に薄めて飲む。イチゴの種を入れないことから、菓子作りにも使いやすい。
同組合の矢部美恵子さん(75)は「牛乳と混ぜてイチゴミルクにして飲むのがお薦め」と話す。
市内の道の駅にしかたや県内の農産物直売所、スーパーなどで販売している。1本(360ミリリットル)670円。問い合わせは同組合、(電)0282(92)0855。
2018年04月25日
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国民の食料を供給する農業は、動植物の養育を基本とし、生産要素に占める土地の比率の高い土地集約型産業である。その結果、地域の自然的環境に左右され、農村という居住の場で展開される。つまり、農業は地域条件を前提に展開せざるを得ないのだ。
だが、安倍政権が官邸主導で進める農政改革は、現場で創意工夫をしている人々の存在を無視し、地域の多様性を捨象する政策体系となっている。全国の農業や農家を画一的に考え、同じように短期的成果や経済合理性を追求するという思考回路で政策を構築しているのだ。
地方にばらまき
例えば、アベノミクスの目玉とされた地方創生は、地方への権限・財源の移譲よりも、補助金の活用によって中央政府の考え方に沿って地方の底上げを図ろうとするものになっている。人口減少・高齢化社会の到来、地震・災害の多発化といった不確実性が増す中、中央政府は本来、地方の創意工夫が発揮できるように、補完的役割に徹するべきである。だが、そうなっていない。これも短期的成果を求める観点から地域の諸条件を捨象する市場原理主義の考えに立脚している結果である。
また、水田農業においては、規模拡大が進まず、農地をまとまった形で担い手に集積させることが急務の課題である。だが、安倍政権が力を入れる農地中間管理機構(農地集積バンク)を中心とする農地の流動化政策は、全国一律の農地市場が成立していることを前提としている。
適正手続き経ず
お金の貸し借りでは、お金自体に「個別性」や「特定性」に関心があるわけではなく、その「価値」に着目する。一方、土地については、その「土壌」などの作物の生育に影響を与える条件など「個別性」や「特定性」を考慮して行うものであり、両当事者の意向が強く反映されることになる。お金のような「匿名性」を前提とする市場とはならない。そのことを無視すれば農地の集積・集約が進まないのは当然のことであろう。
結局のところ、安倍政権の政策手法は、データの客観的分析と利害関係者の意見も踏まえた政策の評価を行った上で企画立案を行っていないのである。つまり政策決定過程の透明化と国民に対する適正な手続きに従って、政策の執行がなされていないということを示している。
森友・加計問題などを巡る情報隠蔽(いんぺい)や文書の改ざんなどは、適正な手続きを欠いた安倍政権の政策手法の弊害やゆがみを露呈するものでもある。
今国会で問われている森友・加計問題などの本質は農政改革とも共通で、それらを国会で解明するのは、農政改革の在り方を評価する上でも重要なのである。
<プロフィル> たけもと・としひこ
1952年生まれ。東京大学法学部卒、76年に農水省入省。ウルグアイラウンド農業交渉やBSE問題などに関わった。農林水産政策研究所長などを歴任し、食と農の政策アナリストとして活動。2018年4月から現職。
2018年04月23日

日米ゴルフ外交 成果出せるのか疑問 立教大学大学院特任教授 金子勝
「ゴルフ外交」──。メディアは、安倍晋三首相がトランプ米大統領と一緒にゴルフをする仲を、その蜜月関係を示すかのようにそう評する。安倍首相は昨年2月にフロリダ州、同11月には埼玉県川越市でトランプ氏とラウンド。今月17日には訪米し、再びフロリダ州でトランプ氏と「ゴルフ外交」を行う予定だ。だが、それで成果を出せるかは大いに疑問だ。
日本の企業では接待ゴルフが行われているが、それを「外交」だとする話はあまり聞かない。国民のニーズに応じて相手国に主張し、相互の主張とすり合わせつつ、粘り強く交渉していくのが「外交」である。そうした基本姿勢がないまま、「接待」だけに血道を上げれば、かえって相手にばかにされる。
実際、これまでの「ゴルフ外交」の成果は乏しい。「アメリカ・ファースト」(米国第一主義)を掲げるトランプ氏は3月23日、「国家安全保障」を理由に、鉄鋼とアルミニウムの輸入制限措置を発動した。追加関税は鉄鋼で25%、アルミで10%とした。
ただ輸入制限措置の適用除外国には、主な輸入相手国である欧州連合(EU)や韓国、カナダ、メキシコ、オーストラリア、ブラジル、アルゼンチンが名前を連ねた。一方で蜜月関係にあるはずの日本は除外対象になっていない。「ゴルフ外交」の不発は通商交渉にとどまらない。
在日米軍は突然、事故が多発している垂直離着陸機、CV22オスプレイ5機の横田基地配備を実施した。事前に住民に知らせることもないまま3日に発表し、5日には到着する慌ただしさだった。安倍政権はこれについて抗議をしないどころか、逆に沖縄の辺野古新基地建設を推進し、夏にも埋め立ての本格工事を始める見通しだ。
北問題蚊帳の外
北朝鮮の非核化問題でも、日本は蚊帳の外に置かれた。安倍首相は北朝鮮との「話し合いのための話し合い」は無意味だと、制裁強化を主張してきた。だが、韓国の文在寅大統領が北朝鮮に平昌冬季五輪への参加を促す中で、南北会談が実現し、5月までに金正恩朝鮮労働党委員長とトランプ氏が会談する展開となった。金氏は3月25~28日に中国を訪問し、習近平国家主席と会談した。
河野太郎外相が3月31日に北朝鮮は核実験を準備していると発言したところ、中国外務省の耿爽副報道局長に「足を引っ張らないでほしい」と批判される一幕もあった。
情報隠し次々に
森友、加計両学園を巡る問題や、自衛隊イラク派遣部隊の日報隠蔽問題、働き方改革と、情報隠蔽や文書改ざんが次々と露呈する中、安倍首相は17日に訪米する。鉄鋼などの追加関税の適用除外を要請すれば、トランプ氏は見返りに環太平洋連携協定(TPP)11や日欧経済連携協定(EPA)以上に、日本農業を破壊する日米貿易交渉を要求するのではないか。
そうなった場合、主張すべきことを主張しない3度目の「ゴルフ外交」は、かえって米側に軽視される結果を招かないだろうか。少なくとも情報を国民に隠したり、改ざんしたりしないようにしてほしいと願うばかりだ。
<プロフィル> かねこ・まさる
1952年東京都生まれ。東京大学大学院博士課程修了。2000年から慶應義塾大学教授、18年4月から現職。著書に『金子勝の食から立て直す旅』など。近著に『日本病 長期衰退のダイナミクス』(岩波新書)。
2018年04月16日

米追加関税 示唆するもの 食料安保を最優先に 日本金融財政研究所所長 菊池英博
トランプ米政権が3月23日、鉄鋼とアルミニウムの輸入制限措置を発動した。米大統領に安全保障を理由にした貿易制裁を認める1962年通商拡大法232条(国防条項)に基づくもので、追加関税は鉄鋼25%、アルミ10%。トランプ政権は日米自由貿易交渉(FTA)交渉を求めており、輸入制限を取引材料に交渉入りなどを迫ってきた場合、農業を守れるのか。食料安全保障の観点から毅然(きぜん)とした対応をすることが必要だ。
鉄鋼生産は激減
トランプ氏は大統領就任前の選挙中から、安全保障と雇用維持を理由に保護主義の必要性を訴えていた。国民への約束を果たした格好だ。米国内で鉄鋼の需要は増えているが、国内の生産拠点は2000年に比べて17年には5割以上も減り、雇用も35%減った。輸入シェアは3割を超え、過去十数年間、業界全体で純損失に落ち込んでいる。
アルミも同じような状況にある。国内需要が増えているのに、国内生産は激減し、輸入シェアが90%に達している。まさに国内産業破滅と雇用激減である。
最も貿易赤字額が大きいのは対中国で、4000億ドル(42兆円)近くに上る。米通商代表部(USTR)は米経済の被害額を年500億ドルと断定し、情報通信機器や機械など約1300品目を対象に25%の関税を課す方針だ。
トランプ氏が輸入制限措置を断行した背景には、グローバル化の敗者の票によって大統領に当選したことがある。勝者であるウォール街出身のコーン国家経済会議(NEC)委員長の反対を押し切って強行したのが印象的であり、ここに今回の対応の本質的問題がある。コーン氏は辞任した。
米国は過去30年間も貿易赤字が続く。昨年の貿易赤字額は8000億ドルで、米国の主要報道機関や経済学者は適切な対策を示しておらず、グローバル化優先の政治家や識者が米国を破滅させてきたともいえる。
円の米ドルに対する相場は過去5年で50%程度切り下げられ、円安ドル高となった。この恩恵を受けたのが自動車、鉄鋼であることが、日本を追加関税の対象にした大きな主因とみられる。安倍政権が進める超金融緩和の対外国の負の部分が表面化したのだ。
対日交渉へ圧力
16年度の日本のカロリーベースの食料自給率は38%で、主要先進国で最も低い。それにもかかわらず日本政府は、トランプ氏が反対したTPPを米国抜きの11カ国で合意し、署名した。これに対して、米国側はしつこく日米FTA交渉に持ち込もうとしている。TPPを超える有利な条件で、米国の農産物輸出拡大が目的なのは明白だ。
国民の生命と暮らしを守る食料安全保障こそ、国家の根本的な安全保障だ。「米国第一」を掲げるトランプ氏が安全保障の見地から輸入制限措置を課した教訓は、日本に改めて食料安全保障の重要性を投げ掛けるものといえよう。
<プロフィル> きくち・ひでひろ
1936年生まれ、東京都出身。東京大学教養学部卒、旧東京銀行(現三菱UFJ銀行)を経て95年から文京女子大学(現文京学院大学)経営学部教授、同大学院教授。2007年から現職、『新自由主義の自滅』(文春新書)。
2018年04月02日

鍵握る石破氏、岸田氏ら 安倍1強に陰り 作家・政治評論家 大下英治
一転 危険水域に
「政界は一寸先は闇」とは、川島正次郎自民党元幹事長の名言であるが、今回の「森友学園問題」による安倍政権の内閣支持率低下ほど、その言葉を思い知らされたものはない。
安倍1強で9月の自民党総裁選は、安倍晋三氏の3選に揺るぎなしと見られていた。ところが、安倍総理が国会でも名指しでののしっていた、朝日新聞の財務省の公文書書き換え報道による逆襲により、安倍政権の支持率が「危険水域」の20%台に近づいてしまった。
この秋の総裁選の安倍3選には明らかに陰りが出てきた。まず、岸田文雄政調会長の戦略に変化が起きるであろう。岸田氏は、安倍1強が続いていれば、恐らく秋の総裁選には出馬しないだろう。その限り、安倍氏は、彼の支持母体である第1派閥の細田派、二階俊博幹事長率いる二階派、それに第2派閥である麻生派、岸田派の固い支持を得て、当選は間違いなしと見られていた。
しかし、安倍政権の支持率低下が続くなら、岸田氏は、安倍総理が出馬しても、総裁選に出馬せざるを得なくなるだろう。もし出馬しなければ、石破茂氏や野田聖子氏に比べ、存在感が薄れていく。この秋の総裁選のその次の総裁選に明らかにマイナスとなる。
麻生氏の動向も
岸田氏が出馬すれば、安倍氏は絶対的勝利を収められるとは言えまい。安倍氏が、もし今回の財務省の責任問題において、麻生太郎財務相の処遇を間違えれば、麻生氏は、総裁選で安倍氏を担ぐとは限らない。麻生氏は、かっては岸田氏と同じ「宏池会」に属していたわけである。キングメーカーとして、同じ釜の飯を食った岸田氏の応援にまわるかもしれない。
一方、石破氏。安倍1強体制の揺らぎによって、明らかに流れが変わってきた。
この3月17、18日に共同通信が実施した世論調査の「次期総裁にふさわしい人」では、1位が石破氏で25・4%、2位が小泉進次郎氏で23・7%、3位が安倍氏で21・7%であった。
額賀派の動きもプラスになりそうである。額賀派会長の額賀福志郎氏は、安倍氏を支援し続けていたが、今回、派の代表を外された。引退しながらも依然派閥に力を持ち続けている青木幹雄元参院議員の動きによって竹下亘氏に会長が代わった。青木氏は、前回の参院選で青木氏の息子の青木一彦氏を応援し、当選させた、かって額賀派の一員でもある石破氏に好意を感じている。
石破氏は、2012年の総裁選で安倍氏と戦い、地方票では6割近くも獲得している。安倍政権に陰りの見える今回の総裁選も、地方票獲得では強さを発揮するであろう。
さらに、鍵を握るのが、自民党の若きエース小泉氏である。小泉氏は、12年の総裁選では石破氏に投票している。圧倒的人気を誇る小泉氏が石破氏の応援にまわれば、大きな力になることは間違いない。
<プロフィル> おおした・えいじ
1944年、広島県生まれ。広島大学文学部卒業。週刊文春の記者を経て作家に。政財官界から芸能、犯罪など幅広いジャンルで創作活動を続けている。著書に『幹事長秘録』『石破茂の「日本創生」』など。
2018年03月26日

農業という生き方 底知れぬ“力”感じて 医師・作家 鎌田實
被災地の復興支援を続けている。国内だけでなく、チェルノブイリ原子力発電所事故による汚染地帯やイラクの難民キャンプにも通っている。
2、3月は岩手県陸前高田市、福島県南相馬市、飯舘村などを訪ねた。水害が2年半前にあった茨城県常総市も訪問した。
シンガー・ソングライターのさだまさしさんが立ち上げた公益財団法人風に立つライオン基金の活動で、水害を受けた福岡県朝倉市にも、さださんと行った。
さださんとは東京の有楽町で、東北応援のトーク&コンサートでもご一緒した。
絶望の地で感動をもらうことがある。熊本地震で大きな被害を受けた益城町にも、何度も通った。
被災地で出会い
仮設団地で、81歳の男性と出会った。「今も現役?」と尋ねると、「もちろん」とすぐに答えが返ってきた。そして、続けてこう言う。
「ちょっと前までは、オトコのほうも現役だった」(笑)「いやいや、そんなこと聞いとらん」と僕。2人で大笑いとなった。
男性は地震の後、負けずにすぐに田植えをした。僕が訪ねた日も、朝から田んぼの草抜きをし、ついでに仮設住宅の入り口の雑草も刈ってきたと言う。
「えらいなあ」「えらくもなんもなか。誰かがやらにゃあならんこと。他にやれるもんがおらんけん、俺がやっとるだけばい」
農村は自分ファーストでないのがいい。
「じいちゃんのとこの稲はどうだ?」「美しかあ」。きれいな言葉だなと思った。
僕だったら、絶望のなかでこれほど美しい言葉を使えるだろうか。
農業というのは、農作物を育てかかわり合うことで、生きる力や命の源をもらっているのではないかと思う。丹精込めた美しい田んぼで作ったうまい米が、この男性にとって何よりの自慢だ。
家は地震でつぶれてしまった。それから1カ月、車の中で寝泊りを続けた。そんな苦労話も笑いながらする。81歳でもう一度、家も建てたいとも言う。実に明るくパワフルだ。
81歳、なお現役
この半年後、ボランティアで講演をするため、再び益城町へ行った。
「お、来たか」「来たぞ」。親友みたいに抱き合った。驚いた。本当に家を建てていた。
「壊れたものがあったら、直せる人間は作り直さなにゃいかん。俺が死んだら血筋の誰かが住めばいい話だ」
人生って難しく考えなくていいんだと教わった。震災前にやっていたことをやり続け、壊れたものは作り直す。頼まれたわけでもないのに仮設住宅の草刈りまでする。
自然という人知を超えたものに包まれ、土にまみれて米や野菜を作る。
そんな農業という生き方に人間の底知れぬパワーを感じた。
<プロフィル> かまた・みのる
1948年東京生まれ。長野県・諏訪中央病院名誉院長。内科医として地域医療に尽力。東北の被災者支援、チェルノブイリやイラク難民キャンプへの医療支援にも取り組む。著書は『だまされない』など多数。
2018年03月19日

食を支えるのは誰か 農漁業者育成 本気で 民俗研究家 結城登美雄
東日本大震災発生から7年が過ぎた。私はこの7年間、定期的に岩手、宮城、福島の被災地沿岸の集落や漁港を訪ね歩き、復興に向けて模索する地元の人々の姿を記録に収めてきた。
被災地を訪ねて
かつてない巨大津波に襲われ、命も家族も住まいも漁船も破壊され、失い、「もう二度と海は見たくない」と海沿い暮らしを拒絶していた漁師たちも、訪ねるたびに変化し、ある者は漁船を修理して、ある者は漁具や養殖イカダを造り、迷いながらも再び海で生きていく道を模索していた。
だが、訪ねるたびに圧倒的迫力で迫ってくる現地の光景は、巨大防潮堤工事やかさ上げ土盛工事、高台移転地造成工事、そしておびただしい数のダンプと重機の行き交いばかりで、さながら「土木復興」劇場を見せ付けられる思いがする。
そうした風景をかき分けてリアスの浜に向かえば、ようやく海辺で働く人々に出会える。その一例を挙げるなら、2年前の岩手県久慈市小袖漁港。風の強さが気になる波立つ浜に、沖に仕掛けたカゴ網を引き上げて漁船が戻ってきた。
待っていたのは83歳になる老女。「うちの旦那、85歳になっても元気で海仕事やってるよ。津波で漁船を流され、もう駄目だと落ち込んでいたけど、2年前に中古船をまた買って、毎日のように海仕事だよ。海は厳しいだけでなく、人を元気にする力があるね」と笑っていた。
荒れ地耕す老農
もう一つ。大津波に襲われ塩水まみれになった宮城県山元町の海辺の田んぼ。そのがれきを片付け「稲はそんなに弱い植物じゃない。塩水なんかに負けない」と、被災から2カ月後には田植えをし、秋の稲刈りにこぎ着けたたくましい老農がいた。老人は言う。
「売る米作りだけが農業ではない。まずは自分と家族の食べる米と野菜を育てる。それが原点だ」と荒れ地を耕し、多彩な野菜を育て、その実りの成果を仮設住宅の隣人、知人にも届けていた。その優しさとたくましさに圧倒された。そして被災地を訪ねるたびに、私たちの食を支えているのは高齢の生産者であるということを実感させられる。
農水省のデータによれば、2017年現在の日本の農業就業人口は181万人。国民総人口のわずか1・5%にすぎない。しかもその78%は60歳以上の高齢者である。漁業就業人口も16万人と少ないが、その半分は60歳以上である。いつまでこんな状態が続くのか。そして次世代日本人の食を支えていくのは誰なのか。ちなみに現在49歳以下の若き農業者は20万人である。その数は80歳以上の超高齢農業者よりもはるかに少ない。
国産食料を支える次世代農漁業者の育成に本気で取り組まなければ、日本はとんでもない国になってしまうのではないか。
<プロフィル> ゆうき・とみお
1945年山形県生まれ。山形大学卒業後、広告デザイン業界に入る。東北の農山村を訪ね歩いて、住民が主体になった地域づくり手法「地元学」を提唱。2004年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞。
2018年03月12日

国全体に資するのは 「農村の経済成長」だ 日本総合研究所主席研究員 藻谷浩介
「スマート・テロワール(美しくきょうじんな農村自給圏)」の提唱者、松尾雅彦氏が亡くなった。松尾氏は、米の低価格と畜産加工品の高価格に着目し、「水田を飼料用トウモロコシなどの畑に転換し、家畜飼料からハム・ソーセージ、チーズなどの加工品までを農村内で一貫生産することで、より多くの付加価値を農の現場に落とす」ことを唱えておられた。
飼料を自家生産すれば、飼料代が出て行かなくなる。加工品を自家生産すれば、原料代と加工品価格との間の大きな差も、生産者のものになる。それだけ農村に落ちる「付加価値が増える」=「経済成長する」わけだ。その場合に農協はどちら側なのか(農村の取り分を増やす側か、農村からお金を取る飼料販売業者なのか)ということも、氏は問うていたと思う。
どちらがプラス
ところで、付加価値が飼料販売業者や食品加工業者のものになるのと、「スマート・テロワール」の実践で農村にとどまるのを比べた場合、国全体の経済にはどちらがプラスだろうか。単純な経済学では「どちらでも同じ」だ。
経済学「風」の俗世間的イメージでは、「小規模農家よりも大企業がもうけた方が、何となく国全体にはプラス、って感じ?」かもしれない。だが現実に立ち帰れば、農村部のもうけが増えた方が、大企業がもうけるよりも、国全体の経済成長への寄与は大きいのである。
というのも日本の大企業は、もうけを現金としてため込むばかりで、投資をするにしても海外向けが多く、国内の経済循環拡大への貢献が乏しい。これは、ここ数年の株高と大企業収益の増加が、全くと言っていいほど個人消費の拡大につながっていない現実からも明らかだ。
他方で現場の農業者は、もうかれば規模拡大に投資し、雇用も増やす可能性が高い。それにより国内の経済循環は拡大する上、出生率の著しく低い首都圏以下の大都市部から一人でも多くの若者が農山村に移住すれば、それだけ日本全体の人口減少にも歯止めがかかる。
チャンス手放す
政治家の多くは、経済学「風」のイメージに思考を染められているだけで、こうした現実を理解しているようには見えない。経済学者の多くも机上の定式を語るだけで、「大企業にお金を集めることが日本の経済成長につながっていない」と言う、明らかな現実には目をつぶっている。
農業者の多くも、経済成長一辺倒の政策や規制緩和万能の安直な風潮には反発するものの、自分の行動としては大企業から飼料や肥料や農薬や燃料や資材を無自覚に買い続け、農村の経済を成長させる機会を逃し続けている。
今般、各紙に載った松尾氏の訃報は「カルビー三代目社長、現相談役」というものばかりで、「スマート・テロワール」には触れていなかった。北海道美瑛町との縁から「日本で最も美しい村連合」の副会長を務めていたという記述もない。
訃報までが大企業側、東京側の視点だけで書かれてしまったことは、松尾氏としても無念だったのではないだろうか。
せめてのはなむけに、遺志を継いで農村の取り分を増やそうと志す農業者が一人でも増えることを、願ってやまない。
<プロフィル> もたに・こうすけ
1964年山口県出身。米国コロンビア大学ビジネススクール留学。2012年より現職。平成合併前の全市町村や海外90カ国を自費訪問し、地域振興や人口成熟問題を研究。近著に『しなやかな日本列島のつくりかた』など。
2018年03月05日

循環型農業の試み 価値高め一石三鳥も 早稲田大学公共経営大学院教授 片山善博
このところ、廃棄物を有効活用して地域振興に役立てる事例をよく耳にする。これまで捨てていた物が創意と工夫によって有価物に変わる。廃棄のコストを削減できるだけでなく、新たに商品価値を有する物が生まれるのだから一石二鳥である。
町ぐるみ肥料化
これは日本農業新聞でも取り上げられた岡山県の事例だが、養殖から出る大量のカキ殻を処理して田の肥料にする。ミネラルが豊富だから品質のいい米ができるという。漁業者はカキ殻の廃棄コストが不要になり、農家では肥料代が減るだけでなく収穫した米がより高く販売できれば、一石三鳥になる。
先日大雪の中、京都府与謝野町を訪れた。ここはビール原料のホップ栽培のことが本紙に取り上げられていたのが記憶に新しい。その与謝野町の山添藤真町長から伺ったのが、町内で製造する天然素材の有機肥料のことである。
豆腐工場から出るおから、それに米ぬかと魚のあらを混ぜて肥料にして、農家に供給している。おからと米ぬかはともかく、魚のあらはそれまで廃棄されていたもので、それが良質の肥料になる。
その肥料で育てた小松菜から作ったドレッシングは栄養豊富でとてもおいしい。その上、肥料の由来まで知れば、感慨ひとしおである。
実は、筆者も個人的に食品廃棄物を有効活用している。もっぱらコーヒーとお茶の出し殻で、わが家ではこれらをごみ収集に出すことなく、全て「ベランダ農園」のプランターに還元する。
それ以外に、ブドウやかんきつ類の皮、卵の殻、砕いた貝殻、それに米のとぎ汁など食物残さが肥料になる。
昨年栽培した作物は、青ジソ、トマト、シシトウ、トウガラシ「鷹(たか)の爪」、ナス、それにヤマイモである。子どもの頃、農業をやっていた祖母から野菜作りの手ほどきを受けていたので、それを思い出しながらの試行錯誤だが、いずれも隆々と元気に育ってくれた。
青ジソは、毎朝数枚を摘み取って食卓に上る。終盤にヨトウムシの被害に悩まされたが、農薬を使わないのだからやむを得ない。トマトは、こんなにおいしいのは他にないと自慢できるほどの出来栄えだった。
「鷹の爪」は多年生の木に成長し、赤い実が鈴なりである。知り合いに配ってあげると喜ばれる。ヤマイモの生い茂った葉は夏の日よけになる。もちろん芋の味は格別である。
工夫の余地多く
コーヒーの出し殻だけを厚く敷き詰めたプランターにきのこがニョキニョキと生えてきた。
ちょうどきのこを夏休みの自由研究のテーマにしていた中学生の孫娘が写真を専門家に見せたところ、ヒトヨタケの仲間で食用になるとのことだった。それなら、コーヒーの出し殻は菌床になるのではと、素人の夢は膨らむ。
ともあれ、これまで無造作に捨てていた食物由来廃棄物をできるだけ肥料として有効活用してみてはどうか。それが土地を介して循環し、良質な農産物に生まれ変わるし、ごみの減量化にもつながる。
実際の農業でも家庭菜園でも、またベランダ農園でも、それぞれの領域で工夫の余地は大いにあるように思う。
<プロフィル> かたやま・よしひろ
1951年岡山市生まれ。東京大学法学部卒、自治省に入省し、固定資産税課長などを経て、鳥取県知事、総務相を歴任。慶應義塾大学教授を経て2017年4月から現職。『民主主義を立て直す 日本を診る2』(岩波書店)など。
2018年02月26日

熊本地震の爪痕 取り戻そう 農の営み 木之内農園会長 木之内均
熊本地震からやがて2年の月日が経(た)とうとしている。熊本県南阿蘇村の立野地区にある私の農園は、本社事務所、加工場も全壊し、つい先日解体が終わった。ハウスや農地も復旧工事用の用地にかかったり、地盤が沈下して作付けができない農地がいまだに80%を超えている。
一部の残った農地も用水路が至る所で寸断されているために水がなく、この2年地区の全ての水田で稲は全く栽培できない。道路などのインフラは少しずつ改善されてきているが、それでも以前のように復旧するには、あと数年はかかるだろうと言われている。
このような状況の中、農業用水路の復旧は計画すら立っておらず、いつになるのかさえ見えない状況だ。
心躍らす季節に
本来は、梅の花が咲き始める2月中旬にもなると、農家は春の息吹を感じ、水稲の苗つくりの準備を始めたり、畔(あぜ)の枯れ草を燃やしたり、田畑に堆肥を入れ土作りを始めたりと、にわかに忙しくなる時期だ。
この時期こそ今年の収穫に期待し、豊作の年になるように心を躍らせるのである。
しかし私たちの地区ではこの2年、全く営農ができなかった上に、現在ほとんどの住民は隣町に造られた仮設住宅などに入居しているため、地元にいない人が多い。
時々、自分の田畑が気になって見に来ている人に出会うと、皆一様に寂しそうな顔をしており、特に高齢の方々は急に年を取ったように見える。
自営業である農業の良さは、定年のないことだ。生涯現役で、今年の作付けはどのようにしようかと頭を使い、天候を気にかけ、稲の様子に常に気を配りながら毎日の水管理をしたり、草取りをしたりして、子供や孫に、おいしい米を食べさせたいと願いつつ1年を過ごしてきた農家の人々。
生きがい奪われ
この毎年繰り返されてきた農業の営みが、ある日突然地震によって奪われてから2年、生きがいを奪われ、生活が激変したことで高齢者の老いがさまざまな意味で加速していることは間違えない。
水田ができないのであれば転作して畑作をすれば良いのではと思うかもしれないが、畑は水田の数倍も労力がかかる。また以前は近くにあった田畑が、隣町の仮設住宅からは遠く離れているため、ちょっと作業に行くということもできない。
何気なく繰り返されてきた農業の営みが、生きがいであり、いかに農家の健康につながってきたのか。そして地域づくりの土台となってきたのかを思い知らされる。
もうすぐ春だ。だが、地震の爪痕が残る私たちの地区に春が訪れるのは、当分先のようだ。
<プロフィル> きのうち・ひとし
1961年神奈川県生まれ。九州東海大学農学部卒業後熊本県阿蘇で新規参入。(有)木之内農園、(株)花の海の経営の傍ら、東海大学教授、熊本県教育委員を務め若手育成に力を入れる。著書に『大地への夢』。
2018年02月19日

人口減社会 黙さず対策尽くそう 思想家・武道家 内田樹
「人口減社会」についての論集の編者を依頼された。21世紀末の人口は中位推計で6000万人を切る。今から80年間で日本の人口がおよそ半減するのである。それがどのような社会的変動をもたらすのか予測することは難しい。いくつかの産業分野が消滅すること、いくつかの地域が無住の地になることくらいしか分からない。
議論開始もまだ
起こり得る事態について想像力を発揮して、それぞれについて対策を立てることは政府の大切な仕事だと私は思うが、驚くべきことに人口減についてどう対処すべきかについての議論はまだほとんど始まっていない。だからこそ、私のような素人が人口減社会の未来予測についての論集の編者に指名されるというような不思議なことが起きるのである。
毎日新聞が先日、専門家に人口減についての意見を徴する座談会を企画した。その結論は「楽観する問題ではないが、かといって悲観的になるのではなく、人口減は既定の事実と受け止めて、対処法をどうするか考えたらいい」というものだった。
申し訳ないが、それは結論ではなく議論の前提だと思う。最後に出席者の一人である福田康夫元首相が「国家の行く末を総合的に考える中心がいない」と言い捨てて話は終わった。人口減については、政府部内では何のプランもなく、誰かがプランを立てなければならないということについての合意さえ存在しないということが分かった。その点では有意義な座談会だった。
悲観的は禁圧に
出席者らは「悲観的になってはならない」という点では一致していた。ただ、それは「希望がある」という意味ではなく、「日本人は悲観的になると思考停止に陥る」という哀(かな)しい経験則を確認したにすぎない。日本では「さまざまな危機的事態を想定して、それぞれについて最適な対処法を考える」という構えそのものが「悲観的な振る舞い」とみなされて禁圧されるのである。
近年、東芝や神戸製鋼など日本のリーディングカンパニーで不祥事が相次いだが、これらの企業でも「こんなことを続けていると、いずれ大変なことになる」ということを訴えた人々はいたはずである。でも、経営者らはその「悲観的な見通し」に耳を貸さなかった。確かにいつかはばれて、倒産を含む破局的な帰結を迎えるだろう。
だが、「大変なこと」を想像すると取りあえず今日の仕事が手につかなくなる。だから、「悲観的なこと」について考えるのを先送りしたのである。
人口減も同じである。この問題に「正解」はない。「被害を最小限に止めることができそうな対策」しかない。でも、そんなことを提案しても誰からも感謝されない。場合によっては叱責(しっせき)される。だから、みんな黙っている。黙って破局の到来を待っている。
<プロフィル> うちだ・たつる
1950年東京生まれ。思想家・武道家。神戸女学院大学名誉教授、凱風館館長。専門はフランス現代思想など。『私家版・ユダヤ文化論』で小林秀雄賞、『日本辺境論』で2010年新書大賞。近著に『日本戦後史論』(共著)、『街場の戦争論』。
2018年02月12日