一龍齋 貞水さん(講談師) 作り手の心伝わる料理を 創意工夫は芸事も同じ

一龍齋貞水さん

 中戦後の食糧難の時代に育ったんですけど、不思議なことに、うまい、まずいといった記憶がない。こんなものは二度と食べたくないなんてものはなかったですね。

 たとえ粗末な食べものだったとしても、親の気持ちがこもっていたということが大きいんじゃないでしょうか。

 闇市で買ってきたわずかばかりの米が、すいとんの中に浮いている。それが、親の味なんです。一生懸命にその糧を手に入れて、調味料なんてないのになんとかして作ってくれた。愛情がある。だから、おいしいとまでは言わないけども、まずいってことはない。

 逆に今ね、「一流の産地の一流の材料を使ってます」とうたっているけど、あまりおいしくないっていう店があるじゃないですか。それは、作ってくれる人の心なんですね。

 芸事でも料理でも、心のない仕事は、人を喜ばせたり、人の心を豊かにしてくれたりすることはあり得ないんです。心のない料理人では、せっかくの食材、お米や野菜を作ってくれた人、魚をとってくれた人の仕事を生かすことができない。

 れわれは、聞く人の気持ちを考えながら講談をこしらえていきます。板前さんも、このお客さんならこういうふうにしたら喜んでくれるじゃないかと考えながら味を調えてくれるのではないでしょうか。

 私はすし屋に行くとね、職人さんが一手間加えたものをいただきます。煮ハマグリとか、タコの煮たのとか、イカの煮たのとか。その一手間に、料理人の心が加わっているからです。

 不思議なもので、貧しい頃に食べたものの記憶は鮮明で、忘れることができません。

 前座で初めて仕事をしたような頃のこと。平井だったか小岩だったかの駅前に、1人前60円のすし屋があったんですよ。田辺一鶴という講釈師と一緒に、ただみたいな安い仕事をしました。仕事をしてほんの少しばかりだけどお金が手に入ったから、おいしいものを食べようよということになりましてね。それで60円のすし屋に入ったんです。

 握りを上から見ると、ワサビが透けて見えるんです(笑)。それでもね、亡くなる前の一鶴さんと一緒に、「あのすし、うまかったなあ」と話しましたね。

 川崎の演芸場に行った後に、定食を出す店に入ってね。麦飯にシューマイが2個というのを注文する。テーブルにソースが置いてあるので、2個のシューマイの周りにたっぷりとかける。そのソースをジャブジャブご飯につけて食べるんです。

 え、ちゃんとおいしいものも食べていたんですよ。うちの師匠(先代一龍齋貞丈)は洋食が好きで、お供した時には洋食屋に連れて行ってもらいました。師匠はカレーとシチューを頼むんです。で、それぞれ一口だけ食って「お前、食べてごらん」って。おいしいものの味を覚えさせてくれるんです。「お前たちも努力すれば看板になれる。そのときに、いいものの味を知らないと、それなりの人と付き合えないだろう」と。

 師匠には、しっかり芸を磨けと言われました。店に「見習い募集中」と貼ってあり「お前、これを読んでみろ。料理を見て習う気持ちのある人は働きませんか、と書いてある。俺が高座に上がっている時は、遊んでないで見て盗め」と。

 私にとって人生の中で忘れられない料理とは、人情という味つけがされているものですね。(聞き手・菊地武顕)

<プロフィル> いちりゅうさい・ていすい

 1939年東京都生まれ。55年、都立城北高校入学と同時に先代一龍齋貞丈に弟子入り。5月に初高座。特殊演出効果を駆使した立体怪談を得意とし、66年に真打ち昇進。2002年、講談界としては初めて、人間国宝に認定された。09年には旭日小綬章を受章。11月27日、湯島天満宮で連続講談の会(読み物・仙石騒動)を行う。 

おすすめ記事

食の履歴書の新着記事

検索

e農サーチ e農サーチとは