お客さまは神様か 農産物を再生産価格で 

 家計に優しい商品の代名詞「もやし」。1袋が40円程度が適正価格とされるが、20円台はおろか、1円という極端な価格破壊もある。工業組合もやし生産者協会が「原料費や人件費の高騰という窮状を知って、適正価格で取引してほしい」と3月に声明を発表。以来、値上げを受け入れるスーパーも出始めた。少しずつだが“岩盤”を動かし始めたのは、再生産価格への消費者理解の拡大だ。

 業界の悲鳴をマスコミが報道すると、インターネットに拡散し、問題が広く世間に知られることになった。協会は過去にも同様の声明を発表していたが、値上げになかなかつながらなかったという。今回は「そんなに苦しんでいたのか」「適正な価格で買うべきだ」といった消費者の声が後押しした。ネットという、誰でも発信できる追い風を生かした事例といえる。

 「お客さまは神様です」という歌手の故・三波春夫さんの有名な言葉がある。日本の商取引の場では「一円でも安くお客さまに提供したい」という言葉がよく聞かれる。しかし、宅配業最大手のクロネコヤマトまでも「今の価格では無理」と価格改定を発表した。過剰な荷受けが続き、配達員は昼の休憩を取るのも難しかったという。「適正価格で取引してほしい」と、大企業までもが発信し始めた。手間暇かけて作った農産物でも「再生産できる適正な価格を付けてほしい」と発信できる時代が来た。

 海外でスーパーに行くと、有機農産物は慣行栽培の農産物よりも高値で売られているのが当たり前の光景だ。千葉市の幕張メッセで10月に開かれた「輸出エキスポ」に集まったバイヤーからは「欧米の消費者は食品に相応の価格を支払う意識を持つ」との発言が聞かれた。1房1000円を超えるブドウ「シャインマスカット」に「この品質なら価格にも納得」と言い切る。

 「お客さま第一」の精神は、日本のサービスの高さや値段の安さにつながってきたのは間違いない。一方で、農産物流通の世界では過剰な「お客さま信仰」が生産者を圧迫してはいないか。日本人の主食である米の価格は下がり続け、近年では作るほど赤字になりかねない状況にある。農家は規模拡大や無駄なコストの削減とできる限りの努力を積み重ねてきた。今年産の米価はやや回復するが、経営が厳しい状況は変わらない。

 三波さんの事務所はホームページで「本人の真意とは違う意味に捉えられたり使われたりしている」とメッセージを発信している。「三波春夫にとってのお客さまは聴衆であり、飲食店などのお客さまではないのですし、営業先のクライアントのことでもない」。お客さまを神様だと思い、心を込めて歌う――。そういう意味だったという。

 その心はまさに「消費者においしい農産物を届けたい」との農家の思いと同じだろう。再生産できる適正価格で買ってくれる消費者を増やしていきたい。
 

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