[高知・JA高知はた移動編集局] 移住・就農 続々と 行政と連携、手厚く支援 「理想の暮らし」満喫

ユリ農家として就農した新田さん夫妻(左の2人、高知県黒潮町で)

ラッカセイを加工・販売する島津さん夫妻(同県四万十町で)

 四国の南西端に位置する高知県JA高知はたは新規就農者の獲得と定着に尽力し、直近5年で168人が就農した。うち、農業公社や農家で研修を受けて就農したのは55人に達する。JAが地域の生産者との顔つなぎや行政が整備した事業利用の窓口となり、円滑な就農をサポート。太平洋に面した海岸線でのサーフィンを目当てに移住する就農者も多く、理想の田舎暮らし実現を支援する。

 同JAは四万十市や宿毛市、黒潮町など3市3町1村にまたがり、キュウリやピーマン、花きなど施設栽培が盛ん。大半が中山間地で、高齢化が進み農家戸数が減少する中、JAや行政が連携し市町ごとに地域担い手育成総合支援協議会を設置。新規就農者の確保と定着を図っている。
 

ハウス建築負担を軽減


 黒潮町はハウス整備事業に力を入れる。新規就農者は新たなハウス建築が負担になるためだ。町が修繕費の25%、JAが5%を負担。空きハウスを取り壊す予定の生産者を説得したり、新規就農者との顔つなぎ役をJAの営農担当らが担う。

 2010年に就農した新田剛さん(43)は「事業申請の手続きや、経営の相談などスムーズに就農できるよう支援してくれた」とJAの手厚いフォローに感謝する。紹介されたユリ農家からハウスを引き継いだが、修繕が必要だったためJAが紹介してくれた制度を活用した。

 JA幡東営農センターの藤田雅也センター長は「新規就農は経費がかかる。家計も見て資金繰りを考えた」と話す。地域で孤立しないよう、顔つなぎもした。新田さんは「就農は一人でできない。新品種や取り組みを始める前には今も相談する」と信頼する。「管内は就農者がハウスを探す状況が続いている」(藤田センター長)とうれしい悲鳴を上げる。
 

サーフィンしたくて…


 大阪府出身の秋吉隆雄さん(43)と島根県出身の和香さん(40)夫妻は2年前に就農し、「地域に根付いた品目に取り組むため」に、サトウキビを24アールで栽培する。

 隆雄さんはサーフィンをきっかけに移住し、5年前に結婚。3年前、森林組合を辞めて就農した。自然があふれる環境で育ち、「農林業で生計を立てたかった」と隆雄さん。生産者約20人でつくる入野砂糖研究会に入り黒糖の製糖作業も担う。

 生産から販売まで夫妻で手掛け、販売先に出向き日々の作業や地域の魅力を伝える。野菜の管理もあって、サーフィンはなかなかできないが「毎日忙しくて楽しい」と田舎暮らしを満喫する。
 

ラッカセイ加工・販売


 千葉県出身の島津洋平さん(36)と山形県出身の緑さん(34)夫妻は、7年前に四万十町に移住した。ラッカセイを1ヘクタールで栽培し、「四万十やまのうえ商店」の屋号で加工・販売にも取り組む。

 デザイナーだった洋平さんは、地域産品のパッケージなどをデザインし農家と接する中で、「生産から販売まで全て手掛けたくなった」と振り返る。観光中だった緑さんと出会い、結婚。四万十川の知名度の高さも移住先の決め手となった。

 「四万十ジャンボ落花生」など、ゆでラッカセイを県内外に卸し、安定した販路を築く。現在は、同町産の山塩と牛乳を使ったアイスクリームを試作中だ。

 「土地や耕運機の紹介など、地域住民に助けられて今がある」と感謝する。同町の人口を少しでも増やそうと、イベントでは地域の魅力を発信する。「自然も食も豊かで、人が温かい。今後は県外の人が空き家に泊まって農業が体験できる環境を整えたい」と思い描く。
 

先輩の姿 呼び水に


■地方移住を推進するNPO法人ふるさと回帰センターの嵩和雄副事務局長の話 自分の好きなことを求めて移住先を考える人は多い。先輩移住者が自らのライフスタイルを見せることで、移住の呼び水になる。インターネット交流サイト(SNS)が発達し、地方の魅力は従来より早く拡散するようになった。黒潮町では波が良いと評判が広がり、サーファーの移住者が増えているのだろう。十人十色のライフスタイルを選べるようになったことが、移住促進につながる。

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