亡くなった星野仙一さんは野球の枠を超え、日本の「顔」だった

 亡くなった星野仙一さんは野球の枠を超え、日本の「顔」だった▼気迫で投げ抜いた現役時代より、監督になって一層輝いた人である。采配の妙よりチームを闘う集団に変える経営力にたけていた。中日から阪神に移っての優勝にも沸いたが、何といっても宿敵巨人を破っての楽天日本一。震災の傷痕がまだ生々しい東北に勇気を与えたのが昨日のように思い出される。本人は「ものすごい運が東北に舞い降りてきた」と言ったが、勝利の女神を引き寄せたのはその人間力だった▼負けると選手に罵声を浴びせ、鉄拳も振るったという。一方で叱った選手は失敗しても起用し続けた。トレードに出した選手を名古屋駅のホームで見送ったこともある。最後まで情熱を傾けたのが、青少年への野球振興である。色紙には好んで「夢」と書いた▼子どもたちの野球離れが進む。中学校の軟式野球部に加盟する男子生徒数はこの10年で4割も減った。少子化と人口減の地方ではチームを組めない学校も出ている。高野連は複数校による連合チームの出場条件を大幅に緩和した。100回目の夏の甲子園大会、地方予選ではそんなチームが増えるだろう▼危機感を強める元選手たちが子どもたちに野球の「夢」を伝える活動を始めている。遺志を農山村にも紡いでほしい。

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