農泊が都市を救う 心の安定や教育の場 農業ジャーナリスト 小谷あゆみ氏

 農泊発祥の地、大分県宇佐市安心院町へ行って来ました。NPO法人安心院町グリーンツーリズム研究会は1996年から農泊をはじめ現在、60軒が参加しています。安心院では農泊を「農家民泊」ではなく、「農村民泊」の略だとしています。単に農家に泊まるだけでなく、農村を丸ごと体感する旅という考えなのでしょう。連なる山の麓にブドウ畑の広がる風景は郷愁を誘い、かつて、司馬遼太郎に「日本一の盆地」と言わしめたほどです。

 ブドウ生産と観光農園「王さまのぶどう」を営む宮田静一さん、真佐子さん夫妻宅に泊まりました。真佐子さんの手料理に加え、焼きガキに大分産のカボスを搾り、自家製ワインの試飲までさせていただきました。これで1泊2食6800円ですが、農泊の売りは価格やボリュームではありません。出発の朝、頂いたカードには、「一度泊まれば遠い親戚、十回泊まれば本当の親戚」と書かれていました。私の帰る場所が一つ増えました。

 宮田さんは、観光庁が認定する観光カリスマに選ばれ、『しあわせ農泊』という著書も出しています。その中に、印象的な場面がありました。2泊3日の体験学習でやって来た女子中学生7人が、お別れの時に一斉に泣き出し、中でも最もおとなしそうだった子が、「何でこんなに涙があふれるか分からない」と言って泣きじゃくったそうです。農泊の神髄は、ここにあると思いました。

 どれほど一流の旅館やホテルで完璧なサービスを受けても、号泣するほどの感情は生まれません。“お客さん”扱いでは生まれないのです。しかし彼女たちは3日間、生産者とともに農作業をし、ご飯を作り、食卓を囲むうち、“チーム”のような連帯感や、農業に対する当事者意識、家族愛にも似た深い感情を恐らく初めて体験したのではないでしょうか。

 農泊の意義は、農村の所得向上だけでしょうか。命の大切さや働き方が問われる今、教育や人間形成、心の安定の場として、農村を考えられないか。日本人の暮らしを理解してもらう上で、訪日外国人の農泊は有意義ですが、その前に、都市の抱える闇や課題を、むしろ農村が救えるのではないか。省庁をまたいだ議論も必要でしょう。

 27日に安心院で農泊シンポジウムが開かれます。広島の中学校校長による「なぜ修学旅行を京都から大分に変えたのか」と題した話に、そのヒントがありそうです。

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