革新技術 開発阻む壁 経験知の蓄積生かせ 百姓・思想家 宇根豊

宇根豊氏

 農業の技術革新の最先端は、情報通信技術(ICT)、人工知能(AI)活用技術だろう。一方で、もう30年前から期待されてきたのになかなか実現できないのが、多面的機能の技術化である。田畑の生きものの大半が絶滅にひんしているのに、この温度差はどうしたことだろう。
 

遅れる生物技術


 実は農水省は多面的機能のうち生物多様性保全のための「生物指標」を既に開発済みなのである。ところが、これらの指標生物をはじめ、農地で生まれる生きものを育てる生物技術の開発が遅れている。

 カエルは代掻(か)きをしないと鳴かない。つまり雄が相手を呼び、交接して、雌が産卵するのは、代掻き・田植えという百姓仕事が引き金になっているからである。ところが、その代掻き・田植えの中に、カエルを育てる技術が発見されていない。こう言うと、代掻きも田植えもとっくに技術化されているではないか、と疑問に思う人が多いだろう。

 それは稲作技術であって、カエルを育てる技術ではない。証拠に代掻き水を捨てると、卵もまた流れ出てしまう。また西日本では、田植え後せめて40日は湛水(たんすい)状態を保たないと、オタマジャクシは全滅する。稲のための湛水が稲作技術だとすると、カエルを育てる湛水技術は、その陰に隠れて見えない。その証拠に早めの間断かん水を実施している地区にはカエルがほとんどいない。

 つまり、一見似ているようで、稲作技術と生物技術(多面的機能を支える技術)は、別物なのである。しかも生物技術は稲作技術の中に含まれているように見えるので、そのコストも稲作技術に入っていると錯覚してしまう。たしかに、40日欠かさず田回りし、オタマジャクシの成長にまなざしを注ぐ技術は、「労働時間」を増やすことになる。それが大切なのである。生物技術は市場経済にのみ込まれてはいけない理由がここにある。だが当然ながら稲作の生産性を落とすという批判も出てくる。

 そこで従来の農業生産の概念を転換しなければならないのだ。これこそ生物技術が負った特命だ。農は経済価値だけでは計れない豊穣(ほうじょう)な世界に支えられ、それらを支えてきたからこそ、社会的な深い支持があるのではないか。

 この生きものと百姓仕事の関係を、当の百姓は意識することがほとんどない。生物技術が形成されにくい最大の理由がここにある。
 

「本質」に迫ろう


 ICTやAI技術の開発が進んでくると、百姓の経験知・暗黙知を組み込まねばならなくなっている。「機械が判断する」のが売り物なのだから、百姓の判断の母体となっている経験の蓄積を取り入れないわけにはいかないのだ。

 しかし、その百姓の経験の大半が無意識に埋もれているとしたら、生物技術と同じ壁にぶつからざるを得ない。現代農業の両極にある生物技術とICT技術が、同じ難問に直面しているところに注目したい。たぶん、そこに農の未開の「本質」があるからだと言うしかない。この本質を、ICT、AI技術も生物技術も、本気でつかまないと未来技術は開けない。そのために百姓の経験の奥を、無意識まで降りてのぞき込まなければならない。


 <プロフィル> うね・ゆたか


 1950年長崎県生まれ。農業改良普及員時代の78年から減農薬運動を提唱。「ただの虫」が田畑で一番多いことを発見。「農と自然の研究所」代表。農本主義三部作『農本主義が未来を耕す』『愛国心と愛郷心』『農本主義のすすめ』を出版。
 

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