国全体に資するのは 「農村の経済成長」だ 日本総合研究所主席研究員 藻谷浩介

藻谷浩介氏

 「スマート・テロワール(美しくきょうじんな農村自給圏)」の提唱者、松尾雅彦氏が亡くなった。松尾氏は、米の低価格と畜産加工品の高価格に着目し、「水田を飼料用トウモロコシなどの畑に転換し、家畜飼料からハム・ソーセージ、チーズなどの加工品までを農村内で一貫生産することで、より多くの付加価値を農の現場に落とす」ことを唱えておられた。

 飼料を自家生産すれば、飼料代が出て行かなくなる。加工品を自家生産すれば、原料代と加工品価格との間の大きな差も、生産者のものになる。それだけ農村に落ちる「付加価値が増える」=「経済成長する」わけだ。その場合に農協はどちら側なのか(農村の取り分を増やす側か、農村からお金を取る飼料販売業者なのか)ということも、氏は問うていたと思う。
 

どちらがプラス


 ところで、付加価値が飼料販売業者や食品加工業者のものになるのと、「スマート・テロワール」の実践で農村にとどまるのを比べた場合、国全体の経済にはどちらがプラスだろうか。単純な経済学では「どちらでも同じ」だ。

 経済学「風」の俗世間的イメージでは、「小規模農家よりも大企業がもうけた方が、何となく国全体にはプラス、って感じ?」かもしれない。だが現実に立ち帰れば、農村部のもうけが増えた方が、大企業がもうけるよりも、国全体の経済成長への寄与は大きいのである。

 というのも日本の大企業は、もうけを現金としてため込むばかりで、投資をするにしても海外向けが多く、国内の経済循環拡大への貢献が乏しい。これは、ここ数年の株高と大企業収益の増加が、全くと言っていいほど個人消費の拡大につながっていない現実からも明らかだ。

 他方で現場の農業者は、もうかれば規模拡大に投資し、雇用も増やす可能性が高い。それにより国内の経済循環は拡大する上、出生率の著しく低い首都圏以下の大都市部から一人でも多くの若者が農山村に移住すれば、それだけ日本全体の人口減少にも歯止めがかかる。
 

チャンス手放す


 政治家の多くは、経済学「風」のイメージに思考を染められているだけで、こうした現実を理解しているようには見えない。経済学者の多くも机上の定式を語るだけで、「大企業にお金を集めることが日本の経済成長につながっていない」と言う、明らかな現実には目をつぶっている。

 農業者の多くも、経済成長一辺倒の政策や規制緩和万能の安直な風潮には反発するものの、自分の行動としては大企業から飼料や肥料や農薬や燃料や資材を無自覚に買い続け、農村の経済を成長させる機会を逃し続けている。

 今般、各紙に載った松尾氏の訃報は「カルビー三代目社長、現相談役」というものばかりで、「スマート・テロワール」には触れていなかった。北海道美瑛町との縁から「日本で最も美しい村連合」の副会長を務めていたという記述もない。

 訃報までが大企業側、東京側の視点だけで書かれてしまったことは、松尾氏としても無念だったのではないだろうか。

 せめてのはなむけに、遺志を継いで農村の取り分を増やそうと志す農業者が一人でも増えることを、願ってやまない。

<プロフィル> もたに・こうすけ

 1964年山口県出身。米国コロンビア大学ビジネススクール留学。2012年より現職。平成合併前の全市町村や海外90カ国を自費訪問し、地域振興や人口成熟問題を研究。近著に『しなやかな日本列島のつくりかた』など。
 

おすすめ記事

論点の新着記事

検索

e農サーチ e農サーチとは