「あの日」、突然白い牙をむいた海岸線

  「あの日」、突然白い牙をむいた海岸線に立つ。鈍(にび)色の海がざわめき冷たい潮風が肌を刺す。北国の春はまだ遠い▼あすで東日本大震災から7年。先週、被災農地が最も大きかった宮城県を訪ねた。津波が直撃した仙台空港に近い名取市北釜地区。園芸ハウスが一瞬で消え多くの犠牲者も出した。今、高台の避難所造りのためショベルカーが目立つ。海岸には奇跡的に残った松がわずかに残る。その手前には地域再生へ苗木の植林も進む。復興へハウスも立ち並び、再び野菜産地として動きだした▼7年前、小欄で「故郷はどうなったのか。友は無事なのか」と書いた。「あの日」から2550日余り。〈土〉と〈人〉の二つの漢字を思う。谷川俊太郎さんが当時詠んだ『言葉』が浮かぶ。〈言葉は発芽する 瓦礫(がれき)の下の大地から〉。〈土〉は生きる源となり発芽した言葉が人々の心で育つ▼きょう没後88年になる童謡詩人・金子みすゞ。震災直後にテレビから朗読が流れた代表作『こだま』。〈「ごめんね」っていうと「ごめんね」っていう〉。呼応する優しい心を詠む。〈人〉は支え合う形に似る。一人では生きられぬ▼「あいつの分まで生き地域を守る」。亡き友を思う担い手の言葉に何度か出合った。前を向く被災地に寄り添い続けたい。

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