[達人列伝 42] ウド 栃木県大田原市・助川悦夫さん 生野菜文化広げたい 絶妙の白と緑 市場でも調査

山ウドを収穫する助川さん(栃木県大田原市で)

 ウドの全国トップクラスの産地、栃木県のJAなすの。管内産は「那須の春香うど」のブランドで流通している。大田原市で栽培するJAなすのうど部会副会長の助川悦夫さん(64)は、40年前から作るベテラン農家で、「消費者が求めるウドとは何か」を探求。ハウスの光をコントロールすることで先端だけ緑色にし、見た目が美しいウドを作る。ウド作りを地域に根付かせたパイオニアだ。

 「那須の春香うど」の特徴は、特有のあくやえぐ味、苦味がなく生で食べられる。山菜としてではなく、野菜として食べやすいものに変えた。先端部だけ光を当てて光合成を促すことで鮮やかな緑色が入る“山うど”にする。

 助川さんは「白いウドにどのくらい緑色のコントラストをつけるかが腕の見せどころ。購入する消費者のことを考えれば見た目が美しい方が喜んでもらえる」と説明する。

 おいしくて見た目の良いものを作りたいと市場も調査した。ピーク時は月3回ほど、生産者の仲間と共に東京都中央卸売市場大田市場など都内の市場に出向き、引き合いが強いウドの品質を徹底的に調べた。

 都内のスーパーも幾つか回り、ウドを購入している消費者がどんな色を求めているか観察。緑の部分と白い部分の割合を確認し、栽培に取り入れた。

 那須の春香うどは1980年ごろから水稲の転作作物として栽培をスタートした。だが、当初は失敗もあった。助川さんは「作り始めた時は右も左も分からないからね。ハウスに植え替える前の株の管理が甘く、腐らせてしまったこともあった」と打ち明ける。

 産地全体が危機に陥ったこともあった。1998年8月に発生した那須豪雨だ。平地で栽培していた株のほとんどが水に漬かり、出荷できなくなった。助川さんは、部会の中心メンバーとして水害の難を逃れた株のかき集めに奔走。被災した仲間に株を配り、産地復興に尽力した。2年後には平年並みの作付面積を確保した。

 JA園芸課の関敏弘課長も「ウドへの思いは人一倍。後継者の育成や他産地との交流にも力を入れており、まさに産地のリーダーだ」と評価する。助川さんは「今後は他の産地とも協力して、ウドを野菜として食べる文化を広げ、消費を拡大したい」と先を見据える。(藤川千尋)
 

経営メモ


 ウドを70アール、水稲4ヘクタール、麦1.5ヘクタール、大豆2.2ヘクタール。本人、妻、息子の3人で栽培する。
 

私のこだわり


 「消費者に受け入れてもらえるようなウド作りがモットー。特有のあくやえぐ味、苦味がなく生で食べられるウドを、野菜として食べる文化を広げたい」

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