熊本地震から2年 益城町は今 自宅・農地と離れ・・・続く仮設の日々 希望は捨てない

「めっちゃうれしいです」。息子の誕生と何げない日常の幸せをかみしめる永田さん夫妻

やっと完成した納屋でカラーの調製作業をする守江さん(写真はいずれも熊本県益城町で)

 震度7の激震に2度見舞われた熊本地震の発生から2年。仮設団地やみなし仮設など自宅以外で暮らす被災者は、3月末時点で3万8112人。ピーク時の昨年5月に比べ約9700人減ったが、まだ家族と離れた生活が続く人、農地を仮設団地用に貸す人など被災の影響は続く。「大変だけど、希望は捨てたくない」。被害が大きかった熊本県益城町の仮設で一歩ずつ進む農家の姿を追った。(木原涼子)
 

待望の新たな命“家族一緒” いつ? 永田さん夫妻


 稲作農家の永田忠幸さん(34)、理恵さん(30)夫妻に今年2月、新しい命が誕生した。だが二人は今、別々に暮らす。「地震に遭って、ありふれた日常に今まで以上の幸せを感じる」と、忠幸さんは息子の頭をそっとなでた。「百の幸せに恵まれ、健康に育ってほしい」と願い、「百幸(ももゆき)」と名付けた。

 二人が婚姻届を提出したのは地震から3カ月後の2016年7月13日。その日は理恵さんの誕生日で、忠幸さんは車中泊をしていた。前を向くための新生活だが、忠幸さんは決断を迫られた。高齢の両親と離れるか、妻との同居を諦めるか。

 被災後、親と一緒に住む条件で仮設入居を申し込んでいた。仮設は3人住まいが限界。理恵さんと生活するには、別に家を見つける必要があった。親を見捨てるような心苦しさが胸に広がった。都合良く新居が見つかるかどうかも分からない。忠幸さんが出した答えは、新妻との別居だった。

 忠幸さんは今、両親と県内最大の仮設団地・テクノ団地で、理恵さんは実家で息子と暮らす。町に再度、仮設入居を求める申請をしているが、回答が来るのは5月の大型連休明けだ。

 2・2ヘクタールの水田は2年間米作りができず、別の場所でキャベツを育てる。生活再建は道半ばだ。それでも、忠幸さんは「地震をきっかけに出会えた縁を大事にしたい」と話す。百幸ちゃんを抱いて仮設団地内を歩けば、仮設で暮らすお年寄りたちが集まってくる。

 今年はやっと30アールで田植えができる。「貧乏しても、米があれば何とかなる」と忠幸さん。二人は希望を捨てない。
 

畑に戻るか心配 町に貸した上田伴治さん やっと納屋再建 守江勉さんはカラー出荷


 ネギ農家の上田伴治さん(59)。地震前に青ネギを植えていた30アールほどの農地は今、コンクリートが覆い、プレハブの仮設住宅が建つ。町に土地を貸し、上田さんが町から受け取る土地の賃料は10アール当たり年6万円。青ネギの売り上げは100万円ほどだった。減収にならないよう別の土地を借り、新たに耕作を始めた。青ネギの調製作業には、同じく被災した地元の女性数人をパートで雇う。

 全壊した自宅は何とか再建。「震災で大変なのはお互いさま。復興が早く進めばいい」と願う。ただ、心配なのは農地が傷むこと。農地の上に砂利を敷き、コンクリートで固めた上に仮設住宅を建てた。「基盤整備済みの良質な土地。前のように畑として使えるのか」と懸念する。

 白い花弁が特徴のカラー。出荷作業に汗を流す守江勉さん(58)。収穫した花を束ね、調製する納屋はやっと再建した。だが自宅解体は予定より1年遅れ、着工は早くて今夏。仮設住宅から通い農業を続けている。守江さんは「納屋があるだけで数歩進んだ。生活は大変だが、出荷できなかった2年前に比べれば」と前を向く。

 自身も自宅が全壊したJAかみましき益城総合支所の松本和文支所長は「益城町内での自宅再建を諦め、熊本市内に住居を借りる組合員もいる。元の集落が一緒の場所で暮らすことができる災害公営住宅の整備が必要ではないか」と強調する。
 

110団地4303戸


 県内の建設型仮設住宅は16市町村110団地、4303戸。4割が益城町に集中している。県によると、公費による住宅解体は99・6%まで進んだ。ただ、業者不足で着工は遅れ気味。被災世帯の約6割が、原則2年の仮設入居期限の延長を希望する。県は、2020年までに災害公営住宅などの新しい住まいへの移行を終える方針だ。

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