姜尚中さん(政治学者) 食学のすすめ幼少期から 農作物育てる経験ぜひ

姜尚中さん

 を食べるか、誰と食べるか、どこで食べるか、いつ食べるか。食には、こうした要素がまつわってきます。そしてそれは、歳とともに変わっていくんですね。

 振り返ってみると、まずは母親の影響が強いと思います。「人間は歩く食道だ」。母はそう言っていました。かなり唯物論的な考え方ですよね(笑)。口から入れて、下から出すんだと。だから本来、人間というのはみんな平等だという教えです。

 うちでは三度三度きちんと食べるということが、極めて重要な習慣となっていました。母は決して食通・食道楽ではありませんでしたが、季節ごとに旬の食材を使う努力をしてくれていました。その影響で、僕は今でも1日3食きちんと取りますし、季節感のあるものを食べています。今、長野に住んでいまして、春ならヨモギ、ワラビ、ゼンマイ、タラの芽、フキのとうを採っていただきます。

 幸いにしてこの歳まで大病を患っていません。医食同源という通り、やはり食が人間をつくっているんだと思います。

 僕は20代後半から30代にかけて、旧西ドイツに留学しました。中年にさしかかる時期に、新しい食習慣と出合ったんです。

 イツの食事を日本の基準で一言でいえばまずい! パンは硬いし、肉加工品ばかり。野菜はというとジャガイモとアスパラガスくらい。でも1年半も過ごすうちに、それを受け入れていくんです。留学から30年たちますが、パンやジャガイモ料理は今でも好きです。

 さらに長野に住むようになった影響か、とてもそばが好きになりました。そして、自分は麺類がかなり好きだということが最近分かったんです。イタリアンも含めて、朝昼晩と麺類ばかり食べている日もあります。

 その麺類ですが、硬い方が好き。そばでもうどんでも、コシがあるのがいい。どうしてかというと、小さい時から比較的そしゃくするものを食べてきたからでしょう。母の作る料理がそうでした。ドイツ時代に硬い料理が多かったことも影響しているんだと思います。そしゃく運動が必要なものを食べてきたことも、健康に寄与していると思います。

 の日本では、柔らかい食べ物が良いという傾向になっています。あと10年、20年もすると骨格が変化し、顔の輪郭が変わってくるのではないでしょうか。最近、誤嚥(ごえん)で亡くなる方が多いでしょう。そしゃく力の衰弱はちょっと心配ですね。

 他にも食を大事にしない風潮があります。高度経済成長期までは、ホームドラマを見ても食卓を中心に展開されていて、みんなで一緒に食べるという習慣がありました。今は個食といって、自分一人で食べたいという人が増えてます。ながら的に食べる人も増えました。ダイエットに走るのも良くない。

 僕たちはいい時代を過ごせてきたわけです。その経験をノスタルジックに捉えるのではなく、今に生かすようにできれば。

 「食学」というものがあっていいと思います。栄養学だけではなく、食を通じて人間を見つめ直すのです。農作物を育てる経験も入れればよいと思います。僕もなるべく自分で作ろうと、菜園をやっています。実際にやると、いろんなことが分かってきます。米は素人ができるものではないとか(笑)。自然の気まぐれで左右される厳しさ、それを乗り越えて得られた収穫のうれしさ……。その片りんだけでも経験できれば。

 小さいうちから「食学」を勉強する。ほとんどものにならない早期英語教育よりも(笑)、ずっと役に立つはずです。 (聞き手・菊地武顕)

<プロフィル> かん・さんじゅん

 1950年、熊本県生まれ。東京大学教授、聖学院大学学長などを経て、現在は東京大学名誉教授、熊本県立劇場館長。ベストセラー『悩む力』など著書多数。近著に『維新の影―近代日本一五○年、思索の旅』(集英社)。

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