假屋崎省吾さん(華道家) 父親と育てた野菜と花 母親と作った料理が宝物

假屋崎省吾さん

 親は鹿児島の出身で、東京の大学を出てから中央区役所で都市計画の仕事をしていました。母親は長野の出身で銀座で働いた後、結婚を機に専業主婦になったんです。

 結婚当初は文京区のアパートに住んでいたのですが、そのころ盛んに建てられた都営住宅の抽選に当たり、練馬区石神井の都営住宅に住むようになりました。棟割り長屋で、四畳半と六畳に台所とトイレがあって、お隣さんと押し入れでつながっており、お風呂はないので、近くの銭湯を利用していました。

 庭はそこそこ広く、田舎から出てきて園芸が好きだった両親は、桜やツツジ、アジサイ、宿根草などを植えて庭をきれいに飾っていました。私もよく手伝いをしていて、気が付いたら園芸少年になっていましたね。

 徒歩5、6分のところに1坪農園を借りて、野菜や花も作っていました。タキイ種苗、サカタのタネの会員になり、父と種を植えたり、手入れをしたり、収穫に行ったりしていました。

 家では、NHKの「趣味の園芸」「きょうの料理」「婦人百科」を見てましたし、テキストも毎月買っていました。

 そんな父親も母親も、生活を楽しむために貯金は一円もせずに、全部お金を使うという考えでした。

 教育にもお金をかけてくれて、私はバイオリンを習わせてもらったんです。それも出稽古で。家庭教師に勉強も見てもらっていましたね。

 旅行もすごくよく行っていました。父は歴史が好きで神社仏閣や建物を見て歩き、釣りや写真が趣味でした。

 はおっとりしていて人に頼まれると断れない性格。買い物に出掛けると、行く先々で「奥さま、今日はこういうのが入りましたよ」と勧められると、断れずにみんな買っちゃうんです。

 一つ年下の妹がいて4人家族なんですけど、食べきれないだけの料理になってしまって、いつもよその人が食卓にいました。近所の人、お友達、仕事の同僚、家庭教師……。エンゲル係数は高かったと思います(笑)。

 普通の家庭ですと「あれを作るから、材料はこれとこれが必要」というように、最初に食べるものを決めて食材を買いますよね。うちは違うんです。「これとこれを買っちゃったから、どんな料理にしようかね」と。

 そこで出てくるのが「きょうの料理」。買い物に行って「○○産だから」と勧められ鶏肉を買ってきたら、テキストを見て「クリームコロッケにしよう」と。鶏肉を細かく切ってタマネギと炒めて下味を付けて……というように作っていくんです。たまに父が釣りに行ってイシダイやカワハギを釣って来ると、キャベツと一緒に煮込んでみたり。

 は料理が好きでしたから、母の隣で一緒に作っていました。妹は体育会系で部活に忙しかったけど、私は運動が嫌いだしコミュニケーションを取るのが苦手な少年だったので……。例えば、揚げ物を作る時は、粉を付けて卵にくぐらせパン粉を付けますよね。私は粉を付ける係、母は卵とパン粉の係といった感じで、担当制にしたりしていましたね。

 父は59歳で、母は69歳で他界しました。親孝行を全然できないうちに、両親とも亡くなってしまったんですが、父と一緒に育てた野菜と花、母と一緒に作った料理……。小さいころの思い出は、私の宝物です。

 もし父と母が貯金をする生活をしていたなら、今の私はなかったと思います。感謝以外のなにものでもありません。

(聞き手・菊地武顕)

<プロフィル> かりやざき・しょうご

 1958年、東京都生まれ。カリヤザキフラワースクール主宰。美輪明宏氏より「美をつむぎ出す手を持つ人」と評され、着物、ジュエリー、スカーフ、ガラス器のデザイン・プロデュースを手掛け、デザイナーとしての才能も発揮。華道歴35周年を迎え、ますます活躍の場を広げている。

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