維新はかなたの話ではない

 維新はかなたの話ではない。小栗上野介忠順(ただまさ)の没後150年祭がこの日曜日、群馬県高崎市倉渕町で開かれた。幕末の俊傑が眠る東善寺は終日、線香の煙が絶えなかった▼小栗は「西軍」によって、戦闘に無関係なのに“粛清”された唯一人の幕府要人である。処刑地の川原近くの一角に「罪なくして此所に斬らる」の碑が建つ。動乱の中、いち早く開国の進路を描き、近代国家を推し進めた。横須賀造船所など“遺産”は後の「富国強兵」の礎となり、司馬遼太郎をして「明治の父」と言わしめた▼「江戸無血開城」後の小栗の身の処し方は、歴史の真実を追究する有志の手で明らかにされている。徳川慶喜が恭順を決めると、小栗はさっと知行地のある倉渕村に引っ込み、帰農隠せいした。「前朝の頑民」、前政権の頑固者として在野に生きるつもりだった▼無為の余生ではない。茶の栽培に目を付け、村の若者を教育して未来の太政大臣を送り出す―。以上、村上泰賢氏の著作に教えていただく。安倍晋三首相は2年前の施政方針演説で小栗の言葉を引いた。「一言もって国を亡ぼすべきものありや、どうかなろう という一言、これなり」。今、自らに突き付けられている▼「モリカケ」問題で新事実が続々出る。この期に及んで「どうにかなるさ」ではないですね、総理。 

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