「飯舘牛」復活 必ずかなえる 放牧実証実験スタート 営農再開のリーダーに 福島県飯舘村・山田猛史さん

ブランド復活へ主力の牛たちをかわいがる山田さん(福島県飯舘村で)

 東京電力福島第1原子力発電所事故後、初めて繁殖牛の一般放牧が始まった福島県飯舘村に、「飯舘牛」ブランドの復活を願う畜産農家がいる。同村の繁殖牛農家、山田猛史さん(69)だ。「福島産牛の安全・安心をアピールしたい」と、県による牧草地での一般放牧の実証実験に協力。山田さんの思いに刺激を受け、村内で花きを中心に営農を再開する農家も出始めている。(川崎学)

 原発事故から7年が経過した牧草地で、牛がおいしそうに牧草を食べている。山田さんは笑みを浮かべて牛の顔をなでた。

 県畜産研究所は5月23日、村内で一般放牧の実証実験を始めた。山田さんが所有する繁殖牛6頭を同村松塚地区の地元農家らが管理する牧草地に放牧した。牧草地は約2ヘクタール。傾斜地約1ヘクタールと平地約1ヘクタールに各3頭を放す。

 飯舘村では原発事故前まで繁殖・肥育農家約230戸が和牛2400頭を飼育していた。村内で肥育したA4、A5ランクの牛を「飯舘牛」として出荷。しかし、原発事故で村は計画的避難区域に指定され、全村避難が行われた。多くの畜産農家は廃業し、村から放牧の風景が消えた。

 山田さんは原発事故前まで繁殖牛を29頭飼養。三男の豊さん(35)を後継者にし、いずれは繁殖と肥育両方に取り組むことを考えていた。

 しかし、原発事故で営農に取り掛かる余裕はなくなった。当時区長を務めていた山田さんは、住民の意向調査などに追われた。豊さんも家族と共に京都へ避難。山田さんも震災から約4カ月後に同県中島村に避難した。

 「何もしないで避難生活をしたくなかった」と営農再開への熱い思いを持ち続けた。しかし、その間にも周りの農家のほとんどが廃業した。山田さんは「自分が全ての土地を借りられるのかと言っていた冗談が現実になった」と苦笑する。

 一方で「広い遊休農地を活用でき、避難中に準備できるのは畜産くらいだ」と考えた。これまで米やブロッコリーなども栽培していたが、風評被害もあり栽培は容易ではないと考えた。

 山田さんは避難に合わせ、所有していた29頭のうち26頭を売りに出し、村内の廃業した繁殖農家から系統の良い牛や若い牛を20頭買った。避難先の中島村に牛舎を借りて繁殖牛を飼育し、村で畜産を再開する機会をうかがっていた。

 山田さんはその後、福島市飯野町に移り、養鶏場を改造して牛舎を造った。豊さんも福島市に戻り、現在は二人三脚で畜産に取り組んでいる。現在は繁殖牛44頭、肥育用で販売するもと牛20頭を飼育する。

 山田さんの動きに触発され、花きなど5戸の農家が営農を再開。2戸がニンニクなどで今後の再開を予定する。山田さんは「本当にうれしい」と喜ぶ。
 

安全性証明へ


 飯舘村復興対策課は山田さんについて「自分で動いて地区をまとめることもできる希有(けう)な存在。山田さんの行動に触発され営農を再開している。村の営農再開のリーダー」と評価する。

 山田さんは今年度中に村内に牛舎を建設し、完成させる予定だ。来年には住居も建設し、村に戻ってくる予定だという。今後は営農規模も拡大し、繁殖牛が80~100頭、肥育牛も40~50頭を飼育。繁殖牛は飯舘村、肥育牛は飯野町で飼育する計画を立てている。

 しかし、福島産の牛には今も風評被害が残る。山田さんは「数字を明らかにし、消費者に安心を証明したい。村内で生まれた牛を肥育し、A4、A5ランクの飯舘牛に育てたい」と村の畜産の復活を目指す。 
 

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