食料安保 認識足りぬ日本 “飢餓の記憶”継承を 東京大学大学院教授 鈴木宣弘氏

 欧州では幾度の戦争を経て国境防衛と食料難とに苦労した経験から、農林水産業で国土と食料を守るという安全保障の視点が当たり前だが、日本はそうなっていない。カロリーベースで日本の食料自給率は38%で先進国中、一番低い。農家の農業所得に占める補助金の割合は2016年の統計で日本の30%に対し、13年のスイスは100%、英国、ドイツ、フランスは順に91%、70%、95%。食料安全保障に国が責任を持つ姿勢が低い一つの証左だ。

 食料・農業を守る政策に大きな差が生じる背景として、欧米の方が日本よりも農業・農村に共感が深いとの指摘があり、それはなぜか、との疑問もよく寄せられる。教科書で食料・農業・農村の重要性を説明する記述の分量が大幅に違うとの指摘もあるが、具体的には十分に検証されてこなかった。

 食料・農業・農村の重要性といっても、いろいろある。その中で、欧州の教科書の日本との決定的に重要な違いは「食料難の経験」の記述ではないだろうか。「食料安全保障の重要性は、大きな食料危機が来ないと日本人には分からない」というのは間違いである。日本も戦争などで食料難を経験している。

 なぜ、日本人はそれを忘れ、欧州は忘れないか。それはもう一度大きな食料危機が来ていないからでなく、欧州では食料難の経験をしっかりと歴史教科書で教えているから認識が風化せずに人々の脳裏に連綿と刻み続けられているのである。

 例えば、薄井寛『歴史教科書の日米欧比較』(筑波書房、2017年)から欧州の歴史教科書における食料難の記述を見ると「イギリスの海上封鎖によって、ドイツでは重要資源の海洋からの輸入が止まり、食料も例外ではなくなった。・・・キップ制度による配給が1915年1月から始まったが、キップはあっても買えないことがしばしば起こる。こうしたなか、それまでは家畜の餌であったカブラが、パン用粉の増量材やジャガイモのかわりとして、貴重な食料となった。多くの人びとが深刻な飢えに苦しんだ。特に、貧しい人びとや病人、高齢者などは、乏しい配給の他に食料をえることができない。このため、1914~18年、栄養失調による死亡者は70万人を超えた」(『発見と理解』)とある。

 一方、戦中・戦後の食料難が日本の高校歴史教科書に登場するのは、1950年代初めからで、その後、90年代半ばまでの歴史教科書は、食料難に関する記述をほぼ改訂ごとに増やしていた。ところが、2014年度使用の高校歴史教科書『日本史B』19点に、戦後の食料難を4、5行の文章に記述する教科書は7点あるが、他の12点は1~3行、あるいは脚注で触れているにすぎないと薄井氏が指摘する。

 戦後の日本は、ある時点から権力者に不都合な過去を消し始めた。過去の過ちを繰り返さないためには過去を直視しなくてはならない。過ちの歴史をもみ消しては未来はない。

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