「日田梨」守る 九州北部豪雨きょう1年 苗工場を整備 離農者ゼロに 大分・JAおおいた、部会

森口さんの新園地の隣に建設した大苗工場。秋から大苗を育てる(ともに大分県日田市で)

梶原部会長(右)から、園地管理を学ぶ貞苅さん

 特産「日田梨」を守る──。九州北部豪雨から5日で1年。大分県のJAおおいた日田梨部会は、甚大な被害を受けても離農者を出さず、部会一体で再起を進めてきた。一部の園地では、のり面崩壊など災害の爪痕が今なお残るが、新たな園地を共同運営する農家や新規就農を目指す若手が産地を引っ張る。JAは、被災した苗の育成施設を建てるなど復興を後押しする。25日に予定する「幸水」の出荷で、今シーズンの幕が開く。(木原涼子)

 県内で最も被害を受けた日田市では、農業用施設を含む農地被害が2298件、被害額は37億円を超えた。6月末現在も、42世帯93人が仮設住宅や市営住宅などで暮らす。仮設住宅から園地に通う農家もいる。

 「ブランドを守る」。その一心がこの一年、農家を動かしてきた。同市三和地区。60アールの元牧草地に真新しい果樹棚が立ち並ぶ。大規模な山崩れがあった同市小野地区で梨を育てていた森口嗣男さん(57)の園地だ。行政の災害復旧事業を活用して園地を確保し、他の部会員と2人で半分ずつ管理する。秋には2年生の苗木を定植する。

 小野梨組合の元組合長だった森口さん。豪雨直後から、農家代表と消防団員として奮闘してきた。「部会と仲間がいたから何とかやってこられた。1人ならへこたれていた」と振り返る。

 数十年に1度の豪雨が、最近5年で2度襲った。園地を土砂が覆うと復旧作業が困難になる経験から、新たな園地は山の斜面から1メートルほど離し、重機が通るスペースを確保した。

 植える苗は、作業の省力化と早期成園化が見込める「流線型仕立て」を採用。森口さんは「被災前より良い状態にしないと果樹の再生はできない」と強調する。

 流線型仕立ての導入には長さ5メートルの超大苗が必要となる。豪雨前の共同育苗場は土砂に埋もれ、森口さんらが3年かけて育てた約300本は消えた。そのためJAは日田市内に3カ所の大苗工場を整備し、年2000本の苗を生産する。

 JA梨選果場の河津建夫専任課長は「農家が本来の営農に戻るには時間がかかるが、災害による離農者はいない。部会員の4割に後継者がおり、今年は2人が新規就農する」と産地の底力を強調する。

 同部会の梶原智俊部会長の園地で袋掛けを学ぶ貞苅颯斗さん(20)。「農業は自然相手。豪雨被害を受けても、日田で梨をやらない理由にはならない。2年後に就農できるよう勉強したい」と決意は固い。梨農家を目指して福岡県から日田市に移住した。実家は農家ではないが、農業高校で学んだ。3月、市がJAと連携して就農者を育てる「日田梨未来アカデミー」の第1期生になった。

 JA全農おおいたによると、JA系統出荷量の約8割を同部会が生産する。梶原部会長は「復興はやっと始まったばかり。若いもんが日田で生産を続けられるよう、輸出も含めて販路を確保する。部会は運命共同体だ」と力を込める。 

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