[結んで開いて 第1部][人手をもっと!](1-上) くにさき七島藺 伝統と革新の融合 貧乏草と呼ばせない 大分県国東市

「くにさき七島藺」を編む岩切さん。バッグやアクセサリーなど今までになかった商品を生み出す

岩切さんの作品(ともに大分県国東市で)

 農家の人手不足を、多様な業種の人々と共に克服する地域がある。農業との接点をどう強めていったのか。キャンペーン第1部では、地域を守り続けてきた人たちと、これから共に歩もうとする人たち、双方の働き掛けや思いから、将来の姿を見た。(キャンペーン取材班)

 ボトルケース、円座、マット──。大分県国東市で作られる「くにさき七島藺(しちとうい)」で編んだ商品が今春、流行に敏感な若者の視線を集めるアパレル大手・ビームスジャパン(東京・新宿)の店頭に並んだ。畳表としての活躍の場を減らしていた「貧乏草」が「宝の草」になろうとしている。伝統と革新。昔からの住民、新たに参入してきた住民が手を携え、いくつもの縄で地域の特産を編み上げる。

 新しい命を吹き込むのは、同市に移り住んだ工芸作家、岩切千佳さん(41)。この地で大切に守られてきた七島藺ならではの手触りや色つやに、勝負を懸けた。

 くにさき七島藺は350年の歴史を誇る。最盛期は県内全域で栽培されたが、高度経済成長の陰で衰退。2009年の生産者は5戸。復活は絶望視されていた。

 くにさき七島藺振興会事務局長で、畳店を営む細田利彦さん(63)も当初、粗末な草と思い込んでいた。だが、実物は「びっくりするほどの品質だった」。伝統の魅力を明るく知らせれば、若者を呼び込める。確信した。

 10年に生産者らと振興会を設立。イラストレーターや新聞記者ら、関係者以外の人も巻き込んだ。情報発信に外部の知恵を生かした。記事になりそうなイベントや活動を仕掛けていく。新しい「くにさき七島藺」を世に送り出すために必要な仕事だ。

 江戸時代から続く産地の再生に関わる。そのやりがいから、担い手を志す人が生まれてきた。

 岩切さんも、その一人。宮崎県国富町出身。同市を訪れた時、左手を負傷していた。リハビリとして工芸を体験。転機になった。

 「ただの草なのに、いろいろな表情になる」

 時間とともに青々とした色があめ色に変わった。編み方でさまざまな形になる。その特性にほれた。工芸作家として生きると決めた。

 メディアで働いていた経験を生かし、情報発信と営業も担う。ビームスジャパンに取引を持ち掛け、実現にこぎ着けた。「今、好きなことができている」。数万円の品から数百円のアクセサリーまでを手掛け、幅広い層に魅力を伝える。

 栽培を志し、30代の夫婦が国東市に移住した。30年以上大分市の大学に勤めた諸冨康弘さん(56)は、Uターンで伝統の守り手となった。今年で栽培4年目。自然を相手に自らの裁量で経営を回す楽しさを実感する。

 作業の傍ら、仕事で培った力で行政との調整役も担う。「人生後半のライフワークだ」と、使命感に燃える。産地は再生に向けて歩み始めた。

<キャンペーン「結んで開いて」>

 日本農業新聞の2018年度キャンペーン「結んで開いて」では、人々がつながる力を描きます。お互いの力を集める「結んで」。新しい人やモノを受け入れたり発信したりしていく「開いて」。その組み合わせで、これまで難しかった課題解決を目指す動きを追います。17年度キャンペーン「若者力」で描いた各地の活力をさらに広げ、直面する高齢化、人口減少の時代を生き抜くヒントを探します。

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