北海道地震 あなたを忘れない 北海道厚真町農家ら36人犠牲 家族、友、夢奪われ…

亡くなった組合員の崩壊した自宅を前に、悲しみをこらえるJA職員ら(12日、北海道厚真町で)

 地域のまとめ役で芸術が好きだった農家。農業に情熱を注ぐ米作り一筋だった農家。一人前に育ててくれた恩師の農家──。北海道地震によって、稲作や畑作が盛んな厚真町では、36人の尊い命が犠牲になった。4700人の小さな町。農家は誰もが顔見知りで仲間だった。地震発生から1週間。仲間の農家やJAとまこまい広域の職員は悼む。そして、亡くなった人たちとの思い出を胸に、前を向こうとしている。(尾原浩子)
 

地区の大黒柱 慕われた親子


 厚真町高丘地区。農家の松下一彦さん(63)と息子の陽輔さん(28)が亡くなった。地震前の世帯数は13戸、うち9戸が農家。その1戸である松下さん親子は、地区にとって大黒柱のような存在だった。20ヘクタール弱で米や大豆、テンサイなどを栽培していた。

 同地区で米17ヘクタール、大豆や麦、ブロッコリーなど6ヘクタール、花きを栽培する小谷和宏さん(55)は「人望があって明るい良き先輩だった」と一彦さんとの別れを悲しむ。一彦さんから人の悪口は一度も聞いたことがない。優しくて気遣いができ、誰からも好かれる人柄だった。

 小谷さんは一彦さんと一緒に創作舞踊を練習し、全道大会で2度、優勝した。振り付けは一彦さんが担当。一彦さんは音楽や芸術に才能があり、いつもイベントで町を盛り上げていた。

 つながりの深い地区。一彦さんが編集長になり住民みんなで120年の同地区の歩みをまとめた記念誌を作ったこともある。「思い出はいくつもあるけれど、笑顔しか、思い浮かばない」と小谷さんは振り返る。

 会社勤めの陽輔さん。いずれ農業後継者になると周囲から思われていた。父親そっくりで、温厚で明るい好青年。家族仲良く、農繁期はいつも陽輔さんが農作業を手伝っていた。

 小谷さんは、地震後、家族を一度に奪われた一彦さんの妻と話した。夫婦二人三脚で家族水入らずの松下家だっただけに、一彦さんの妻が気丈に振る舞う姿が、「つらかった」。妻は2階に寝ていて無事で、真夜中に崩壊した家から何とか脱出しはだしで逃げたという。

 一彦さんの農地は、流木などを取り除いて復旧すれば、農業委員会が法律にのっとり借り手にあっせんする。小谷さんは「誰も借り手がいなければ自分がやる」と力を込める。

 同地区の住民は全戸が被害に遭った。土砂災害が相次ぎ、田畑に続く道は崩壊し、被害は確認もできない。小谷さんもヘリコプターで救出され、今は避難所で暮らす。それでも小谷さんは歯を食いしばる。「みんなで、一歩一歩、復興するしかない」 

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