立場変わると…薄れる感覚 「答えは現場にあり」 木之内農園会長 木之内均

木之内均氏

 今年の夏のある日、私が大学の仕事に追われていると、木之内農園の村上進社長から電話が入った。

 「会長、台風が来ています。熊本に近づきますかね? コースどうでしょう?」。私が「え! 台風が来ているの?」と思わず答えると、社長は「信じられん。立場が変わると、こんなもんですかね」と言われた。もっともである。
 

授業に追われて


 以前、ハウス栽培の現役でいた頃は、常に天気に気を配り、特に台風のことならば、はるか南の海上の台風の卵の積乱雲の数から気圧配置まで注意深く見ていた。ところが大学に通い、毎日の授業や業務に携わりながら、学生のことを気にしていると、天気にまで気が回らない。

 私は農業がやりたくて40年前に東京から熊本に来た。4年前に大学に勤務するまでは常に農業の現場にいた。今でも大学に出ながらできる繁殖牛を7頭飼っている。しかし、繁殖牛の飼育ではハウス栽培ほど天気を気にしなくともよい。立場が変わると、こんなにも感覚が変わるものかと、改めて感じた出来事であった。

 私の会社の理念は「土つくり、作物つくり、人つくる」である。農業者の基本は土づくりから始まり、良い土壌には良い作物が育つ。しかし、産業である農業を持続的に繁栄させていくには、人づくりこそが最も大切であると私は常に思っている。私は34歳の時、がんになったのをきっかけに、個人経営から法人経営に切り替え、社員も増えた。現在は栽培の第一線を離れ、三つ目の人づくりに全力を投じている。

 農への理解を広げ、次代の農業を担う人材の育成や農業の良き理解者を増やすことを目的に教壇に立っている。しかし大学に入って4年、現場の感覚がこんなにも薄れていたのかと感じた社長の言葉でもあった。
 

大学で改めて今


 一人の人間ができることには、限界があることは十分分かっている。だからこそ会社などの組織をつくり、役割分担をして事業拡大をしていくことも当然のことである。新規参入で農業を始め、家族経営から法人を立ち上げ、がんや熊本地震まで経験し、大学で人材育成に取り組む今、改めて現場の大切さを感じる。

 本当の現場のことは、そこに携わる人にしか分からない。しかし、この現場の声が高齢化し急激に減ることが、目の前の現実であることを農業者や農村の人々は痛烈に感じている。

 しかし、直接農業をしていない周囲の人々は、それほど重く感じていないのかもしれない。「答えは現場にあり」。農業に関係する全ての人がこの言葉をもう一度かみしめて、原点に立ち返って考え直すときではないだろうか。 

<プロフィル> きのうち・ひとし

 1961年神奈川県生まれ。九州東海大学農学部卒業後、熊本県南阿蘇村で新規参入。(有)木之内農園、(株)花の海の経営の傍ら、東海大学教授、熊本県教育委員を務め若手育成に力を入れる。著書に『大地への夢』。 

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