[達人列伝 67] パプリカ 茨城県鉾田市・米川博一さん(54) 夏でも大果・肉厚実現 時間かけ 焦らず強い苗に

大きく実ったパプリカの生育を確かめる米川さん(茨城県鉾田市で)

 暑さに弱く夏場の栽培が難しいパプリカで土耕栽培にこだわり、大きく肉厚でみずみずしい理想のパプリカを追い求める達人がいる。茨城県鉾田市の米川博一さん(54)だ。モットーは「辛抱」。苗作りから焦らずじっくり時間をかけて栽培し、夏でも大きくおいしい赤と黄色のパプリカを生産。6月下旬から12月上旬まで品質を維持し、JA茨城旭村蔬菜(そさい)部会パプリカ部でトップの収量を上げ産地をけん引する。

 米川さんのパプリカは肉厚で、手に取ると見た目の大きさ以上に重さを感じる。みずみずしく、二つに割ると「プシュッ」と音がし、水が滴り落ちる。大きさは、輸入物より一回り大きい160~199グラムが多いが、大きいもので400グラム超に達する。

 こだわるのは苗作り。パプリカは暑さに弱く、夏は3割が規格外品になる。時間をかけて根を張り、暑さに強い苗を作る。一般的な日数より30日長い90日間、適度なストレスを与えながら育てる。定植後も1日5、6回ハウスに行き、風向きに合わせ小まめな温湿度や水管理を徹底する。

 出合いは14年前、種苗会社の営業マンから栽培を勧められた。まだ一般的でなくあまり食べたこともなかったが、妻の幸子さん(53)と「こんなきれいな野菜があるんだ」と、一目ぼれした。

 同市はメロン生産量日本一の産地で、米川さんも1ヘクタールで栽培。当時は単価も良く、仲間からはパプリカ栽培を止められた。それでも将来を見据え、自分と妻の直感を信じ1年目から全てを切り替えた。夏に土耕で栽培する産地がなく、ゼロからのスタート。手探りでいろいろな栽培方法を試した。

 販売面でも苦労した。当時、主流は小さな外国産。バイヤーからは「こんな大きいのは売れない」と言われた。消費者から求められると信じてJA茨城旭村と売り込み、3年目から認知され求められるように。「間違ってなかった」と理想のパプリカへの探求心にさらに火が付いた。現在はJAで「パプ王」の名称でブランド化し、消費者から「大きく味も濃い」と人気だ。

 3年ほど前から品質、収量が安定し、昨年は地域の平均10アール収量より、2トン以上多くなった。3年前には息子の康典さん(28)も就農。米川さんは「ゴールはない。消費者のためもっと大きくおいしいパプリカを長く出し続けたい」。親子3人で理想のパプリカへの探求を続ける。(三浦潤一)
 

経営メモ


 パプリカの赤と黄を1ヘクタール栽培する。労働力は家族3人と外国人実習生3人。昨年は90アールで栽培し、 10アール当たり7トンを出荷した。
 

私のこだわり


 「焦らず木の状態を見ながらじっくり手間を掛けて栽培する」 

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