[結んで開いて 第3部][集落営農の先に](5) “里”づくりファンと 有機栽培に大転換 埼玉県小川町

人のつながりを活気につなげながら、将来の集落の青写真を話し合う農家ら(埼玉県小川町で)

 埼玉県小川町の下里地区に今年8月、新しい集落営農法人ができた。下里ゆうき。農地30ヘクタールに自給農家も含め農家は60戸ほど。大豆や麦を共同で有機栽培する他、堆肥を作って集落の有機農業の基礎を支える。中山間地域だが、未利用地はほとんどない。農道は農家の他、地域や都市の住民ボランティアが、きれいに整備する。

 「断トツでおいしい、元気になる、と言ってくれるファンがいるんだ」。代表の清水一美さん(63)は胸を張る。集落を定期的に訪れる人は多い。中でも熱心なのは、隣町のときがわ町に住む新井康之さん(67)だ。2年前から、毎朝30分かけて小川町の農場に通う。ボランティアとして半日程度、鶏の世話やさまざまな作業を手伝う。

 有機農業は手間が掛かるために、作業を協力し合う関係が自然と深くなる。「ここにはお金に換算できない魅力がある。人と人とのつながりや自然の力があり、社会の窮屈さから開放される。居場所ができた」と話す。

 地域住民はボランティア団体「刈援(かりえん)隊」を結成。年間を通して雑草などを刈り取り、集落を訪れる人を温かく迎える。

 集落での有機農業は47年前、金子美登さん(70)が始めた。町外から就農を目指し、若者が増えた。転機は2001年。機械化組合の組合長が金子さんを訪ね「これからの村を守るのは有機農業だ」と持ち掛けた。金子さんらの元気な取り組みを、集落の農家は長く見てきた。

 中山間地域で経営規模が小さいため専業農家が育たず、担い手が年々高齢化し、農地や農道、水路の維持が難しくなっていた。大規模化路線では、先が見通せない。リーダーの一声で、集団栽培の大豆で有機栽培をスタートさせた。

 収量は落ちてもおいしいものができた。豆腐店が全量、買い取ってくれた。豆腐や納豆、豆乳などヒット商品が生まれた。地元実需者からの高い評価で徐々に有機栽培が小麦や水稲、野菜など全体に広がった。

 地元業者とのつながりを大切にし、麦は地元パン店や地ビール工房に出荷する。米も09年には稲作農家全員が有機栽培に転換。取り組みに賛同する県内企業が全量買い取る。野菜は消費者に直売し、集落のファンが増えていった。

 外とのつながりがたくさん生まれ、安定した販路やファンができた。環境保全活動にも注力し、「オオタカやフクロウも見るようになった」(清水さん)。生態系が豊かになり、自然豊かな里山に、観光客が増えた。

 販売価格が大きく上がったこと以上に、地元商工業者や消費者とのつながりができ、その応援を受けたことなどが大きな成果となった。元気とやる気を取り戻した。法人事務局の安藤聡明さん(64)は「有機栽培に転換していなかったら、農家は減り耕作放棄地だらけだったかもしれない」。

 新たに立ち上がった法人で、こんな計画が持ち上がる。果樹の観光農園を整備して都市住民を呼び込みたい。新しいつながりを期待する。

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