激動の平成農政史 持続可能な地域形成を

 平成の30年間は激動の歴史である。農政面で見れば、空前の自由化と規制緩和で政策の軌道修正を余儀なくされた。生産基盤弱体化と食料自給率低下が同時に進行し、展望が見えない。現在の成長最重視の農政から転換し、地域と家族農業の支援にも軸足を置くべきだ。

 安倍晋三首相は、保護主義の対語を自由貿易と読み替え、これまでにない市場開放を断行してきた。だが、それは食料主権を失い、国民の胃袋と生存権を外国に委ねることにつながる危うさを持つ。福知山公立大の矢口芳生教授は、平成30年間の農政キーワードとして「貿易自由化」「規制緩和」「大規模化」を挙げる。この“3元連立方程式”に基づいて農業の競争力や効率化に重きを置き、中山間地や家族農業を軽視してきた経緯がある。

 中でも平成元年の1989年は「特異年」というべき、あらゆる歴史の分岐点だった。最大の出来事は、米ソ和解による東西冷戦の終結だ。それは、超大国・米国の存在感が増したことを意味する。

 同年、農業分野の市場開放に焦点を当てたガット・ウルグアイラウンド(多角的貿易交渉)が本格化。米国は500億ドルと史上空前の規模に膨らんだ対日貿易赤字にいら立ち、次々と理不尽な自由化要求を迫った。転機は、88年の日米閣僚交渉を経た牛肉・オレンジ市場開放決定だ。いま一つの転換期は、米の部分開放を受け入れた93年末のガット農業交渉合意。95年に農水省は半世紀続いた食糧管理法廃止に踏み切り、食糧法を施行した。米の流通自由化が始まり生産者米価は下落。現在の生産調整抜本見直しにつながる。

 農政は61年の農業基本法を起点にする。その後、平成に入って92年に担い手の育成確保を前面に掲げた新農政、99年には新基本法と称された食料・農業・農村基本法が制定された。

 注目すべきは、同法の制定を受けてJA全中が消費者、次世代、アジアの三つの共生を掲げた「1億国民共生運動」を提起した点だ。昨年春には日本協同組合連携機構も発足した。

 いま一度、協同組合陣営の連携強化とJAの結集力を示す時期ではないか。3月には平成最後のJA全国大会を迎える。JA自己改革の完遂とともに、自由化が加速する中で日本農業の再生に向けた、新たな国民運動を展開すべきだ。柱は、持続可能な農業生産を前提とした食料安全保障の確立だろう。自給率38%(カロリーベース)という異常国家から一刻も早く抜け出さなければならない。

 最大の課題は、担い手確保と米偏重からの脱皮、水田農業の確立だ。昨年末、米国を除く11カ国による環太平洋連携協定(TPP11)発効により、日本は前例のない農業の“総自由化時代”に突入した。この平成30年間の農政の課題を踏まえ、農を軸とした持続可能な地域社会づくりを急がねばならない。 
 

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