農と地域の多様性 食の安全保障 種から ノンフィクション作家 島村菜津

島村菜津氏

 『タネと内臓 有機野菜と腸内細菌が日本を変える』の著者で知られる吉田太郎さんは現在、長野県で暮らす。東京都庁で働いていた頃から、キューバの都市農業などを紹介してきた。ところが50歳を過ぎて突然、糖尿病を患い、インスリンを打つ暮らしを強いられた。大病を食生活で克服した吉田さんが「タネと内臓」の知られざる謎に迫ったのが今回の作品だ。

 吉田さんは、免疫力を高めるには腸内細菌の改善が大切と考え、食生活を見直し、地元の有機農家とつながる。さらに、食と農の真ん中にある種というものが、国内外の大企業のビジネスの最前線にあり、そのことが、土壌菌に至るまでの多様性を危うくしかねないことに疑問を覚える。

 米国では、既に9割が遺伝子組み換え(GM)大豆である。同書では、ロシアやブラジルなどの種と生物多様性を守ろうとする新たな動きも紹介されているが、何より、中年の独身者である吉田さんが食生活を変えることで、難病を克服していくさまに希望と説得力がある。
 

伝統野菜も守る


 2月末、飯田市の「子どもの食・農を守る会伊那谷」主催の講演会に招かれた。共催は地元のJAだ。昨年、主要農作物種子法(種子法)が廃止された。将来的には、国内でも種苗産業の自由化が進み、種が高騰したり、農家が自由にまけない種が増えたりする事態が起こらないとも限らない。

 そこで地方自治体が、今後も農家が自家採種できるような枠組み作りに乗り出した。新潟、山形、埼玉、富山、兵庫の5県が既に条例を制定。長野、北海道、福井、岐阜、宮崎などでも新たな条例の施行を予定・検討しており、さらに増えそうだ。

 北海道は稲、大麦、小麦、大豆の「主要農作物」に加え、畑作の輪作で重要な小豆、エンドウマメ、インゲンマメ、ソバを対象作物とした。長野県もソバや伝統野菜などを組み込もうとしていることが評価される。

 そう教えてくれたのは、もう一人の演者で、日本の種子を守る会事務局アドバイザーの印鑰(いんやく)智哉さんだった。

 

法整備が進まず


 印鑰さんは、ブラジル社会経済分析研究所に3年間勤めるなど、海外の動向にも詳しい。今、最も危惧するのは、昨年米農務省で認可されたばかりのゲノム編集の商業作物の日本上陸だという。繊維が多い小麦、高オレイン酸の大豆などが、既に商品化されている。あまりの速度に法整備が追い付かず、現時点では、ゲノム編集された作物が隣の畑で栽培されても届け出の義務さえないという。

 国連食糧農業機関(FAO)の元職員、ホセ・エスキナス・アルカザール氏は、19世紀半ば、数種類のジャガイモに主食を依存していたアイルランドで、芋の病気がまん延した時、多くの国民が犠牲となった悲惨な事例を紹介しながら、食の安全保障は、もはや単一品種を効率良く作ることではなく、農と食の多様性をいかに守るかにかかっていると力説する。

 2018年の「小農と農村で働く人びとの権利に関する国連宣言」には、農家の自家採種の権利が明記されている。国際熱帯農業センターは、今ならまだ世界の種の8割以上が、小さな農家の自家採種や種の交換を通じたものだという。

 こうした世界のもう一つの潮流を受けて、今、日本各地から地域の食の安全保障として、農や多様性を守るための枠組みを作っておこうという頼もしい動きが芽生えている。取り組みが広がることを期待したい。
 
 しまむら・なつ

 1963年福岡県生まれ。東京芸術大学卒。ノンフィクション作家。イタリアのスローフード運動を日本に紹介した先駆者。著書に『スローシティ』『生きる場所のつくりかた~新得・共働学舎の挑戦』など。

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