[あんぐる] 準備から締めまで 完全燃焼 左義長まつり(滋賀県近江八幡市)

氏子が担ぐ左義長がひしめく日牟禮八幡宮の境内(滋賀県近江八幡市で)

春雨で毛並みを表現したイノシシの飾り

 滋賀県近江八幡市で毎年3月中旬、今年の豊作を願う「左義長まつり」が開かれる。農家らが作った、穀物などをあしらった巨大な「左義長」13基が2日かけて市内を巡り、激しいぶつけ合いを経て、最後は炎上する。

 今年は3月16、17日に開かれた。初日の午後2時に「踊子」と呼ばれる日牟禮八幡宮の氏子が、左義長をみこしのように担いで神社を出発。「チョウヤレ!」の掛け声とともに練り歩いた。

 左義長は自治会や町内会ごとに作る。井桁に組んだ担ぎ棒に大きなわらのたいまつを載せ、竹を立てて干支(えと)にちなんだ飾りも付ける。模様などは穀物などを貼り付けて描く。高さが約8メートルに達するものもある。

 左義長作りに携わる同市の稲作農家、久田照雄さん(67)は「毎年どんな形にしようかと話し合う。今年も良い出来だよ」と誇らしげに左義長を見上げた。

 祭りの2日目には、神社で「組み合わせ」と呼ばれる左義長のぶつけ合いを繰り広げた。片方が横倒しになるまで激しく体当たりを繰り返し、境内は熱気に包まれた。

 一般的な小正月行事の左義長では、しめ縄飾りなどを焼く。一方、この左義長は安土桃山時代に織田信長が安土城下で行った祭礼が起源。派手好きな信長公の意向で、この形になったと伝わる。これを同市に豊臣秀次が築いた八幡山城下の町人が受け継ぎ、400年以上続いているという。

 2日目の午後8時。境内に並べた左義長が燃え上がると、踊子が「ませ! ませ!」と声を上げて踊りながら五穀豊穣(ほうじょう)を願った。

 近江八幡左義長保存会会長の中嶋勝行さん(71)は、「祭りが終われば春が来て農作業が始まる。燃えた左義長の炎のように、作物が力強く芽吹いてほしい」と話す。(富永健太郎)

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