農政と国会議論 現政権は現場に学べ 新潟食料農業大学教授 武本俊彦

武本俊彦氏

 環太平洋連携協定(TPP)、日本と欧州との経済連携協定(EPA)が相次いで発効し、4月にも始まる日米貿易協定交渉においても農畜産物などに照準が当てられ、関税の一層の削減撤廃の可能性が大である。

 その意味するところは、早晩関税による保護は期待できなくなるということだ。政府のシナリオは、この通常国会で農地中間管理事業法を改正し、担い手への農地集積や規模拡大を推進。ロボットや人工知能(AI)、モノのインターネット(IoT)、ドローン(小型無人飛行機)などの先端的技術の導入や大区画圃場(ほじょう)整備事業などにより、飛躍的な生産性向上を図ろうとするものだ。
 

規模拡大に慎重


 農業は、人にとって有用な動植物を土壌や気候風土といった地域の環境条件の下で、経験によって培われた能力を発揮しつつ人が育てるものである。地域に根差す土地と労働が重要な生産要素となっている。農業で作り出される食料は、人の生存に欠かせないものである一方、満腹になれば食べなくなるという特色がある。

 必需品と言われ、わずかな増産でも価格が暴落する。価格が下がると需要が増え、売り上げが増えていく工業製品は、規模拡大を行い、コストダウンによる価格引き下げで売り上げを伸ばす経営戦略を立てやすい。

 しかし、農業経営では規模拡大や増産につながる投資には慎重にならざるを得ない。政府のシナリオの実現には、人口減少社会の中にあっても基本的に離農による土地の流動化の促進が前提条件だ。生まれ育った地域から転出し、あるいは家族の歴史の刻まれた土地を他人に貸すことを決断するのは、農家ならずとも相当の時間と社会的なコストを要する。

 土地と労働の集約型産業である農業の在り方を変えていくには、市場の論理に加え、非市場的な論理にも応えていく必要があるが、今の政権には農業現場の実態を知ろうというマインドがないように見える。
 

長期展望あるか


 いずれにしても、経営内容を革新し、必要な投資を決断するためには、長期的な展望がなければ行い得ないことなのだ。つまり、自由貿易協定などにより売り上げをはじめ経営の長期的な安定が見込めなければ、これまでのやり方を大きく変え、そのための投資に踏み込むことはできない。

 データと理論に基づく影響額の試算とその影響を減殺する手法について、議論できるだけの具体的データと分析の論理を示すことは政府の責任であり、熟議もせずに決められた日程に従って「はい採決ですよ」では、農業者だけでなく消費者の信頼も獲得することができないのだ。

 そうした議論に加え、規模拡大や先端的技術の導入によるコストダウン路線、味・品質などによる商品の差別化路線、脱炭素・生物多様性への貢献による事業の異質化路線のための方策を提示していく必要がある。

 その際、商品の差別化・事業の異質化の一環として、環境保全型農業や景観保全に取り組む場合、生産工程における一定の活動が規格基準に準拠していることを認証されれば、農産物価格による収入とは別に、その活動に対する一定の支援が社会によって行われる仕組みの導入を検討すべきだろう。

 たけもと・としひこ 1952年生まれ。東京大学法学部卒、76年に農水省入省。ウルグアイラウンド農業交渉やBSE問題などに関わった。農林水産政策研究所長などを歴任し、食と農の政策アナリストとして活動。2018年4月から現職。

おすすめ記事

論点の新着記事

検索

e農サーチ e農サーチとは