アニマル浜口さん(元プロレスラー) 野菜と魚とご飯が基本 健康法は笑って「気合だ」

アニマル浜口さん

 親が作ってくれた料理で思い出深いのは、「鯖(さば)の煮食い」。これは、肉の代わりにサバで作ったすき焼きです。刺し身状に切ったサバを使うところが違うだけで、あとは普通のすき焼きと同じ。

 肉は高かったでしょう。でもサバなら浜にいっぱいあった。港町に生まれ育ったからね。

 プロレスラーとして1972年から、アメリカと中米で過ごした頃のことも思い出します。

 プエルトリコで半年以上試合をしていた時は、なるべく自分で料理していました。その方が体調がいいから。女房が演歌のカセットテープと一緒に、カレールーやインスタントラーメンを送ってくれたからね。カレーは外国人にも好評で、プロレスラー5、6人を呼んで振る舞ったもんです。ラーメンはラー油と卵を入れて食べていました。

 地方に遠征に行き、夜に試合をして泊まって、次の日に何人かで、車で2時間くらいかけて帰って来るんです。街道沿いでチキンを丸ごと焼いて売っているんですよ、ニンニクがたっぷり利いたやつを。それを買ってビールを飲むのが楽しみでね。

 アメリカのネブラスカ州オマハで半年くらい試合をした時は、日本食レストランに通いました。そこのママさんに、弟さんを紹介してもらったんです。彼は日本や香港など東洋の国の食べ物を輸入する会社で働いていて、ある日、輸入した豚足をごちそうになりました。日本の焼き肉屋で見たことはあっても食べたことはなかったから、人生初豚足はオマハだったんです。

 は激しい体重の増減を繰り返しました。18歳くらいからボディービルを始め、68キロから110キロまで上げたんです。とにかく食べました。毎日4、5回食事をして、雪印のチーズ1箱食べて、揚げ物を食べて。

 次に大会に出るため体を締めようと84キロまで減量して、ミスター兵庫コンテストで準優勝しました。全国大会には出場しないで国際プロレスに入ったんですけど、今度は体重を増やさないといけない。また105~110キロまで増やしました。

 プロレスラーは食べて鍛えて、体が張った状態でないと駄目ですね。そうじゃないと力が出ないし、リングに上がった時に絵にならないんです。

 引退後、ボディービルのシニアの大会に出るため減量しましたけど、その後は100キロくらいに戻して、しばらく過ごしていたんです。でも健康のためには減量した方がいいと思い、3年前に80キロまで落としました。すると股関節が痛くなり、スクワットもできない。人にはそれぞれ適切な体重があるんでしょうね。今は98キロ。これくらいが僕にとって、一番いいようです。

 食も夕食も、サラダと魚とご飯が基本です。サラダといっても生野菜だけではなく、青菜、キャベツ、ニンジンなどゆでた野菜もたっぷり入ってます。ご飯は白米に発芽米をちょっと混ぜて。それと水をたくさん飲んで、体内の水分を循環させます。

 毎日、ウエートトレーニングを1時間。ヒンズースクワットを500回はやっています。さらに健康法としては……アイアイアイアイ(と大声を出し始め、顔が紅潮していく)と発声するんです。アイは気合のアイ。喉ではなく腹の丹田から声を出します。その後はワハハワハハと笑う。これを繰り返すんです。気合と集中、笑いと開放。両方をやることで、東洋医学的にいえば陰陽、西洋医学的にいえば交感神経と副交感神経を交互に循環させるんです。この健康法で、1億年生きるつもりですよ、ハハハハハ。(聞き手 菊地武顕)

 あにまるはまぐち 

 1947年、島根県生まれ。69年、国際プロレスに入門。その後、新日本プロレス、ジャパンプロレス、全日本プロレスで活躍。87年に引退後、アニマル浜口トレーニングジムを設立。ジム内の浜口道場で多くのプロレスラーを養成するとともに、まな娘の京子さん(女子レスリング五輪メダリスト)を鍛え上げた。

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