「なつぞら」 北の酪農ヒストリー 第1回「先駆者と三愛精神」 開拓は「自助」から

NHK連続テレビ小説「なつぞら」第4話の場面写真(C)NHK

 放映中のNHK朝の連続テレビ小説「なつぞら」は、酪農が重要なモチーフです。この欄ではドラマの展開に合わせて、北海道酪農や登場人物にまつわるエピソードを紹介します。

 ドラマ第4話で草刈正雄さん演じる酪農家の柴田泰樹が、アイスクリームを食べるなつに語りかけるせりふが、ネットで評判になりました。
 
 「一番悪いのは、人が何とかしてくれると思って生きることじゃ。人は人を当てにする者を助けたりはせん。逆に自分の力を信じて働いていれば、きっと誰かが助けてくれるのだ。お前はこの数日、本当によく働いた。堂々と、ここで生きろ」

 最後の「堂々と生きろ」は、このドラマを貫くテーマとのことですが、「自分の力を信じて働いていれば、きっと誰かが助けてくれる」の部分は、キリスト教の「天は自ら助くる者を助く」の教えから引いたものではないでしょうか。 

 キリスト教が北海道酪農とは密接な関係にあるのをご存知でしょうか。酪農の先駆者・宇都宮仙太郎、黒澤酉蔵、佐藤善七はみなキリスト教徒です。なかでも、佐藤善七は若くして右足を二度も切断する不幸に見舞われますが、家族の猛反対を押し切って果樹園(のちに酪農)を始めます。農場名を「自助園」としたのは、その強い決意の表れです。

 3人は終生変わらぬ友情で北海道に酪農を広めます。その契機は1913(大正2)年、北海道を襲った大冷害でした。凶作による食料不足で内陸部では餓死寸前の窮状を呈したと記録にあります。宇都宮らは札幌の街頭に立ち、開拓民救済を叫び、義援金を募る運動を行いました。3人の先頭に立ってラッパを吹き歩いた少年が、佐藤の長男・貢(のちに雪印乳業初代社長)でした。 

 この時3人は「どんな寒い年でも草だけは生える。草があれば牛が飼える。牛を飼えば排せつ物を土に戻し、良い土をつくることができる。これを繰り返す酪農を取り入れなければ、冷害は克服できない」と北海道庁に酪農普及を提言するのです。

 彼らは1925(大正14)年、旧雪印乳業の前身である北海道製酪販売組合を設立、1933(昭和8)年には北海道酪農義塾をつくり、無料の農民教育を開始します。この学校が今日の酪農学園(酪農学園大学、とわの森三愛高校)に発展しました。キリスト教に基づき、「神を愛し、人を愛し、土を愛する」の「三愛精神」を建学の精神としています。(農業ジャーナリスト・神奈川透)

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