「なつぞら」 北の酪農ヒストリー 第4回 「酪農王国のルーツ」~北海道で初めて乳を搾った記念日は

NHK連続テレビ小説「なつぞら」の場面写真(C)NHK

  戦争孤児の主人公、奥原なつを引き取って育てたのは、北海道十勝の開拓農家です。ドラマのテーマである「開拓精神」について、脚本を担当した大森寿美男さんは「目の前のことをやっていくことが開拓。それが積み重なって形になる。そんな未来へのつながりを書いてみたい」と述べています。二宮尊徳の「積小為大」に通じる考えです。

 北海道は今や、全国の5割強の生乳を供給する大産地です。しかし、その歴史は意外と知られていません。

 わが国の酪農は、開国した江戸末期に江戸や横浜で黎明(れいめい)期を迎えました。一方、北海道は明治維新後に開拓使が置かれてから、本格的な振興が始まります。初め牧場は、人の多い札幌近郊が中心でした。「なつぞら」の舞台である十勝を含めて、内陸部に酪農が入るのはだいぶ後になります。

 北海道の歴史に「ウシ」が登場するのは、今から335年前の1684(貞享元)年です。松前町の白神海岸に「1頭の白牛が流れ着いた」という記録が残っています。では、搾乳はどうかというと、1857(安政4)年4月、箱館に入港した米国船に乗っていた貿易事務官のE・E・ライスという人が、箱館奉行に乳牛の提供を申し込んできたのか始まりとされます。

 当時、奉行の村垣範正は、わが国には牛乳飲用の風習がないと断ります、しかし、度重なる要請に牛を提供しました。20日に「ライスへ牛乳搾り方として牛を渡したが、翌朝搾り取る」という記録があります。つまり、4月21日が北海道で初めて牛乳が搾られた記念すべき日となります。村垣はその3年後、日米修好通商条約批准のために小栗忠順らと渡米し、歴史に名を残しました。
 
米国内で撮影された万延元年遣米使節の代表3人。左が副使の村垣、右が目付の小栗(群馬県高崎市の東善寺提供)
米国内で撮影された万延元年遣米使節の代表3人。左が副使の村垣、右が目付の小栗(群馬県高崎市の東善寺提供)

 「青年よ、大志を抱け」で有名なクラーク博士は、酪農振興を構想しましたが、その滞在期間は8カ月と短く、酪農発展を見届けることはありませんでした。本格的に酪農が入るのは、米国人のエドウィン・ダンという人が、札幌・真駒内に牧牛場を建設してからです。1876(明治9)年、さかのぼること143年前のことです。オハイオ州出身の若者が、北海道酪農の大恩人になりました。(農業ジャーナリスト・神奈川透)

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