通称・釜次郎。親しみも込め「かまさん」と呼ばれた

 通称・釜次郎。親しみも込め「かまさん」と呼ばれた。没後111年の榎本武揚(たけあき)の重厚な軌跡に注目したい▼近代日本を創生した“万能人”で、その人生はドラマチック。オランダ留学から帰ると同時に大政奉還に直面する。翌年の明治維新時に、旧幕府の軍艦を率い短期間だが〈蝦夷(えぞ)共和国〉を建国した。いわゆる日本版“南北戦争”を仕掛けた男である。北上し仙台で新選組副長・土方歳三らと合流。箱館(当時)の西洋式城塞(じょうさい)・五稜郭(ごりょうかく)に布陣し最後の戊辰(ぼしん)戦争を担う▼戦力で圧倒する新政府軍に降伏したのは150年前の1869(明治2)年5月。その後、数奇な運命が待つ。箱館戦争の新政府側司令長官だった黒田清隆が、何と助命に奔走し最後は西郷隆盛に許しを得た。ずぬけた能力と人柄に引かれた黒田だが、西郷は「榎本は生かして使え」と言った▼幕末から維新を経て新政府で大きな存在感を持つが、歴史の表舞台で顧みられることは少ない。理由の一つに同時代の代表的な言論人・福沢諭吉の批判が大きい。志のない旧臣として勝海舟と共に榎本を名指し。だが誤解が多く再評価も進む。東京農業大学創設など教育指導者としても足跡を残す▼明後日から第50回記念の「箱館五稜郭祭」。敗者の“功績”にも思いをはせたい。 
 

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