統一地方選挙の教訓 脱じり貧へ議会改革 早稲田大学大学院教授 片山善博

片山善博氏

 4月の統一地方選挙を振り返ると、地方自治のこれからのことで考えなければならないことがいくつかある。例えば、地方議会の選挙では、無投票のまま当選する議員が多かった。中には立候補者が定数に満たない自治体も見られた。

 そもそも選挙とは、複数人の中で相対的に評価が高い人を選出する仕組みである。もし無投票で選挙が行われなければ、評価の高い人も低い人もみんな当選することになる。失礼を顧みないで言うと、議会の劣化は免れない。

 今、地方は高齢化や若者の流出など厳しい局面に立たされている。地域経済も総じて停滞している。そんな中にあって、次の社会を担う人たちをどうやって育てるか、農業その他の産業振興にはどんな施策が有効かなど、自治体には重要な課題がめじろ押しである。その自治体の方針や取り組むべき施策を最終的に決めるのが議会なのだから、その議会の劣化が進むのは由々しき事態だと認識しなければならない。

 議員のなり手不足については、いくつかの原因や背景が考えられる。議員報酬が低いからだという説があるが、報酬などの面で比較的恵まれている都市部の議会でも定数割れを来している現状を見ると、必ずしもそれだけではなさそうだ。
 

定例会そぐわず


 ではどうして議員のなり手が減ったのか。それは、地方議会の仕組みが今日の社会にそぐわなくなっていることに原因があると筆者はにらんでいる。ほとんどの地方議会は年4回の定例会方式を採用していて、それはかつての水田農耕を中心とする社会にうまく対応していた。

 定例会は、田植えが終わった6月、田の草取りが一段落した9月、稲刈りなどの収穫作業を済ませた12月、そして旧正月の諸行事を終えた2月にそれぞれ開かれる。いずれも農繁期を避けているのは、議員のなり手として専業農家を想定していたからだと推察される。

 しかし、今やその専業農家は数を大きく減らし、勤め人が大半を占める世の中になった。農家の多くも兼業農家である。この人たちは定例会の時期の2、3週間、勤めを休んで議会に専念するのは無理だから、どうしても議員のなり手は少なくなる。
 

ワクワクがない


 もう一つ、議会を傍聴するとすぐに分かることだが、そこでは議員と首長とが互いに原稿を読み合うだけの儀式が執り行われている。まったくワクワクするところがない。これでは若い人たちにそっぽを向かれて当然だろう。

 議会は変わらなければならない。例えば隔週金曜日の夕方に開くことにすれば、会社員やそれこそ兼業農家やJAの職員でも議員に就くことができる。また、儀式をやめ、地域のことを真摯(しんし)にかつ闊達(かったつ)に話し合って決める議会であれば、若い人たちも関心を寄せるに違いない。

 議会の現状を顧みることなく、ただ議員のなり手不足を嘆いているだけでは、地方はじり貧を脱することはできない。このたびの統一地方選挙から得られる教訓だと思う。 

 かたやま・よしひろ 1951年岡山市生まれ。東京大学法学部卒、自治省に入省し、固定資産税課長などを経て鳥取県知事、総務大臣を歴任。慶応義塾大学教授を経て2017年4月から現職。著書『民主主義を立て直す 日本を診る2』(岩波書店)。

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