私設図書館  見えざる価値 手渡す 思想家・武闘家 内田樹

内田樹氏

 年若い友人が奈良の山中で「私設図書館」を開いている。自宅を開放して、蔵書を貸し出し、閲覧ができる図書館にしたのである。もう開館して4年になる。冬の間は雪で閉鎖されるが、日本中から来館者が絶えない。

 彼が今度は「アカデミア」を立ち上げることにしたので、学長に就任してほしいと頼まれた。どんな仕事をするのか知らないけれど、若い人が知的活動の拠点を過疎化高齢化に苦しむ山間の村に創設するというその志を壮として、二つ返事で引き受けた。その開学イベントが先日あった。

 SNSで告知したら、全国から70人ほどが参加してくれた。多くがそのまま宿泊したので、何人かとゆっくり話すことができた。その中に「ひとり書店」をしている人、「ひとり出版社」を経営している人が何人かいた。聞いてみたら、そういう人が少しずつ増えているのだそうである。
 

書物を守る闘士


 出版危機が言われて久しいし、街の書店も壊滅的だと言われてきたけれど、そういう趨勢(すうせい)をものともせず、「最後の一人になっても書物の文化を守る」という気概を持つ若者たちが自然発生的に、同時多発的に登場してきたことに驚かされた。何だか『華氏451度』が描く「書物のない世界」で、書物を守るために果敢に地下活動を展開しているレジスタンスの闘士たちのようである。

 彼らは本を出したり、売ったり、貸し出したりすることを「ビジネス」だとは考えていない。むしろ彼らは身銭を切って、自分の財布からの「持ち出し」で、読むに値する書物が流布し、多くの読者に読まれるように活動しているのである。
 

「商品」ではない


 書物に向かう姿勢として、これは正しいと私は思う。書籍というのは商品ではないからだ。

 「いや、本は商品だ」と言い張る人もいる。でも、違う。商品というのは使用されたら価値を減ずるものだけれど、書物はそうではない。一冊の書物が何十年にわたって、何百人によって読まれ続けるということが現にしばしばあるが、それによって「書物の価値が減じた」と嘆く人はいない。

 もし書物が商品なら、「あんたの新刊を刷った分全部私が買うよ」という申し出を断るロジックはない。満額の印税収入があり、在庫がゼロになるのである。ビジネスマンなら断らない。本が商品なら、買い手が本をそのまま倉庫に退蔵しても、風呂のたき付けにしても、誰も文句を言わないはずである。でも、私はそんな人には本を売りたくない。それくらいなら自分で買って「読みたい」という人に無料配布する。それは本が商品ではないからである。書物は経済的価値とは違うものを含有しており、その価値は換金して数値的に表示することができない。

 「ひとり書店」や「ひとり出版社」や「ひとり図書館」を身銭を切って維持している人たちはその「見えざる価値」を感じ取っており、それを守り、できるだけ多くの人に手渡すことを自分たちの使命だと思っている。彼らの上に「書物の神様」からの豊かな祝福がありますように。

 うちだ・たつる 1950年東京生まれ。思想家・武道家。神戸女学院大学名誉教授、凱風館館長。専門はフランス現代思想など。『私家版・ユダヤ文化論』で小林秀雄賞、『日本辺境論』で新書大賞。近著に『日本戦後史論』(共著)、『街場の戦争論』。

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