「なつぞら」 北の酪農ヒストリー 第17回「天陽のベニヤ絵を読み解く」~昭和の牧場風景は宇都宮の遺産

NHK連続テレビ小説「なつぞら」で天陽が描いた十勝の風景画(C)NHK

 「なつぞら」の前半で、菓子店「雪月」の壁に飾られていた美しい牧場の絵を覚えているでしょうか。

 これは山田天陽(吉沢亮)がベニヤ板に描いた絵を雪月の店主小畑雪之助(安田顕)が気に入り、天陽から譲り受けたものです。

 雪月でこの絵を見た十勝農業高校演劇部顧問の倉田隆一(柄本佑)は心を揺さぶられ、戯曲『白蛇伝説』の背景画を天陽に依頼します。倉田は「十勝の土に生きる人間の魂を見事に表現している」と絶賛しました。
 
宇都宮仙太郎
宇都宮仙太郎

 確かにこの絵は、昭和時代の牧場の風景がよく描かれています。絵にあるように昭和時代の酪農のシンボルは、キング式牛舎(二階建て腰折れ屋根)と塔型サイロ、そしてホルスタインの放牧です。この風景は北海道酪農の父・宇都宮仙太郎によってもたらされたといっても過言ではありません。

 米国における近代酪農乳業は1880年代後半に著しく発展しましたが、ウィスコンシン大学の研究が大きく貢献しました。宇都宮は最初の渡米中(1887~90)、ウィスコンシン大学でヘンリー教授、バブコック教授、キング教授の薫陶を受け、世界最先端の技術を持ち帰りました。

 家畜飼料学の権威ヘンリー教授の下では、当時世界で最初に建設された本格的塔型サイロを用いて行った最初のサイレージの研究を手伝ったといわれています。それまでサイロは、地下のトレンチ(堀)サイロが主流でしたが、地上塔型サイロが登場した時期でした。

 宇都宮は帰国後、満を持して1902(明治35)年、札幌白石に開いた牧場で我が国最初の地上塔型サイロを建設します。さらに1906(明治39)年、吉田善助(後に競走馬の社台ファーム創業)とともに渡米し、ホルスタイン種乳牛五十数頭購入して帰国、ホルスタイン時代の道を開きました。そして1911(明治44)年に2回目の渡米で持ち帰ったと思われるバブコックの乳脂肪検定器を用いて乳脂肪率を測定し、我が国最初の牛乳検定を行いました。
 
キング式牛舎と塔型サイロから成る宇都宮牧場(北海道大学附属図書館所蔵)
キング式牛舎と塔型サイロから成る宇都宮牧場(北海道大学附属図書館所蔵)

 この年、宇都宮は石造塔型サイロを建設、その翌年には米国・ジェームス社設計の本格的キング式牛舎を我が国で最初に建設しました。赤い壁で緑の屋根の牛舎と塔型サイロ、そして緑の草をはむホルスタインの美しい牧場風景は周囲を圧倒したそうです。

 キング式牛舎は、キング教授が1889年に発表した画期的換気方式の牛舎で、1877年にクラーク博士が遺した札幌農学校のモデルバーンにとって代わったのです。天陽の絵にみられるウィスコンシンモデルは、ウィスコンシン大学で学んだ宇都宮仙太郎から塩野谷平蔵、町村敬貴によって北海道に定着、発展しました。

 現在、北海道平均の牛の飼養頭数は絵にある4頭から100頭を超えました。サイロはバンカーサイロやロールベールラップサイロに変わり、牛舎は平屋のフリーストール牛舎となり、牛舎の外で牛を見かけることが無くなりました。酪農の技術は日進月歩ですが、昭和生まれの筆者には天陽の絵が懐かしい。

 宇都宮仙太郎は、酪農乳業という新しい産業を開拓し、美しい文化をも遺してくれました。
(酪農学園大学名誉教授・安宅一夫)
 
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