[未来人材] 34歳。 海女とゲストハウス運営 二足のわらじ 住民と移住者つなぐ  大川香菜さん 長崎県壱岐市

足ひれとバケツは大川さんが海女に変身するための必需品だ(長崎県壱岐市で)

 昼間は素潜りでウニを捕り、夕方からは観光客をもてなす。長崎県の離島、壱岐島(壱岐市)で暮らす大川香菜さん(34)は海女と宿のおかみ、二つの顔を持つ。島の空き家を改装してオープンしたゲストハウス「みなとや」で、プロの「釣り師」の夫と一緒に、その日収穫した海の幸を振る舞う。移住者が3年で5倍に増えた第1次産業主力の島で仕事を見つけ、地域住民と観光客をつなぐ役割を担う。

 「海女さん募集」。壱岐市が地域おこし協力隊の仕事として提案した求人が大川さんの人生を変えた。岩手県陸前高田市生まれ。父親は漁師で、幼い頃から海は身近な存在だった。東京で服飾関係の仕事をしていた矢先、2011年の東日本大震災を経験した。「一度の人生、好きに生きよう」。海の近くに住めるのならと応募し、壱岐に移住。当時、壱岐の海女はみな60、70代。新人の誕生は25年ぶりだった。

 海女の朝は早い。5~9月、しけの日以外は早朝から潜る。素潜りで、ウエットスーツも着ない。狙うのは特産のウニだ。海から戻ると子どもの世話とゲストハウスの管理で大忙し。個室と相部屋があり、10人ほどが泊まれる。夫の漁志さんが作る料理も宿の目玉になっている。

 ゲストハウスの開店は移住当初からの夢だった。苦戦しつつも宿に使える空き家を見つけ、800万円以上かけて改修。壁のペンキ塗りなどは自ら手掛けた。地元の人も気軽に寄れるスペースも設けた結果、交流が生まれ、宿泊をきっかけに移住した若者もいる。

 市によれば、16年に15人だった壱岐への移住者は18年、80人に急増した。元地域おこし協力隊の経験を生かし、移住者と住民をつなぐ役割も担う。今年3月には宿近くの芦辺浦漁港前にカレーなど壱岐の食材を使う「チリトリ自由食堂」を仲間とオープンした。

 「島で米を作る知り合いは数人。移住者が増える中、島の1次産業に関わる人を増やしたい」と大川さん。食堂の隣には市の移住相談室を作った。3年間の協力隊任務を終えて地域を離れる人も多いが、「企業に依存せず複数のなりわいで収入を得る方法もある」と強調する。(木原涼子)

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