農業県の政治的可能性 諦めと無力感に一石 法政大学教授 山口二郎

山口二郎氏

 7月21日に行われた参議院選挙では連立与党が過半数を維持し、安倍晋三政権の継続が決まった。自民党の単独過半数割れ、いわゆる改憲勢力の3分の2割れなど、自民党にとって喜べる結果ではないが、政治の現状を変えたいという気分は国民の中にないことは明らかとなった。

 この結果は、選挙のかなり前から予想できた。5月3日の朝日新聞に掲載された世論調査は、人々の政治意識を示す興味深い材料である。安倍首相の今後について、「期待する」が41%、「期待しない」が57%。安倍首相の言葉を「信頼できる」が38%、「信頼できない」が60%。つまり、安倍首相の政治家としての誠実さも政策も否定的に見る人が過半数である。だが、今後の日本政治に望むものは、「安定」が60%、「変化」が34%。政権交代について、「繰り返されるほうがよい」が40%、「そうは思わない」が53%と、政治の変化には期待しない人が多数である。
 

巧妙な争点消去


 安倍首相が選挙戦で、民主党政権時代を悪夢と言い、意図的に「民主党の枝野さん」という間違いを繰り返したのは、一国の指導者にふさわしくない下品なやり口だった。だが、「安定か混乱か」という安倍首相の問題設定は人々の心を捉えたと言うべきだろう。

 この選挙最大の特徴は、投票率が24年ぶりに5割を切ったことである。棄権はその時の多数派への白紙委任を意味する。あえて投票に行かないという形で現状への消極的な満足、あるいは変化の必要性を感じないという意思表示を行う人が過半数に達したわけである。安倍政権は参院選に向けて盛り上がりを回避する戦略。予算成立後は予算委員会での審議に応じなかった。老後の生活に公的年金以外に2000万円の資産が必要だとする金融審議会の報告書の受け取りを拒否した。争点消去により投票率を下げたことで、与党勝利は決定的となった。

 しかし、注目すべき動きがある。東北、信越の八つの1人区のうち、6県で野党統一候補が勝利した。首都圏や近畿圏の大都市では、与党や効率優先の経済政策を掲げる維新の会が優位だったのに対して、農村地帯を抱える東北、信越で野党が勝ったのはなぜか。日本の現状や将来に対する危機意識の違いが根本にあるように思う。オリンピックや万博などの大規模イベントを控え、大都市は繁栄しているように見える。農業を基幹産業とする地方は、地域社会の将来に不安が高まっている。環太平洋連携協定(TPP)と日本と欧州連合(EU)との経済連携協定(EPA)に加え、米国からの農産物市場開放の圧力が高まることが予想されている。農業の持続可能性は地域社会と人々の生活に直結する。今この瞬間の利益だけを重視する現政権の経済政策に対する疑念が、これらの地域において野党候補を押し上げた。
 

まず地域で対話


 選挙後、立憲民主党、国民民主党はれいわ新選組の躍進に衝撃を受け、提携について議論し始めた。だが、今の野党は数を増やすという目先の問題を追い掛けるべきではない。勝利した1人区で野党候補に投票した人々の思いを受け止める作業こそ、野党再建、政治転換の出発点である。農業と地域社会の持続可能性をいかに確保するかというテーマを掘り下げていけば、地球環境問題への取り組み、再生可能エネルギーの拡大と地域における新たな産業の育成、地域格差の縮小などの課題にも政策を展開することにつながる。

 民主政治の最大の敵は、諦めと無力感である。安倍首相は、人々の間にまん延する諦めに乗じて、長期政権を持続している。政治を諦めない東北、信越の有権者の投票行動は、日本の民主政治にとっての一筋の光を投げ掛けている。 

 やまぐち・じろう 1958年岡山県生まれ。東京大学法学部卒。北海道大学教授などを経て2014年に現職。現実政治への発言を続け、憲法に従った政治を取り戻そうと「立憲デモクラシーの会」を設立。近著に『「改憲」の論点』(集英社新書)。

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