棚田の存在意義 農山村に人呼ぶ役割 農業ジャーナリスト 小谷あゆみ氏

 棚田学会20周年記念シンポジウムが、今月、東京大学でありました。食料生産の場だった棚田を、名勝や棚田百選に指定する動きが始まって20年以上になりますが、こうした評価は産地に何をもたらしたのか。棚田が有名になり、観光客が増えても、農家への利益はほとんどありません。会場討論では、「棚田百選どころか、棚田借銭だ」というシビアな声もありました。

 ところが、そう言い放った愛媛県内子町の上岡道榮さん(75)は、棚田百選「泉谷の棚田」を夫妻で耕し続けている張本人で、この日、夫妻は、集落のわずか3戸で棚田を守り続けていることが評価され、棚田学会賞を受賞したのでした。標高470メートルの傾斜地に連なる95枚の田んぼと畦(あぜ)の曲線は、山の民が築いた遺跡として地元メディアにも取り上げられています。そうした評判からか、今年、埼玉県から20代の女性が地域おこし協力隊として移住し、耕作や地域の情報発信を担うようになりました。農村景観はお金にはならなくとも、人を呼び込む力があるのです。地域が最も欲していた若い力です。

 上岡さん夫妻はどれほど喜ばれたことでしょう。お子さんが病気のため、夫妻には後継者がいなかったのです。損得ではなく天から授かったミッションとして、土地を守り続けるご夫妻を、お天道さまは見てくれていたのですね。

 欧州の国々が、条件不利地の農業に補助金を出す理由は、食料生産のためだけではありません。国土保全です。スイスの国境付近の山岳地帯で酪農が営まれることで、国境が守られ、放牧景観が保たれ、チーズが作られ、またそこに人が集まるという地域経済を生み出しています。税金の使い方としても生産的です。

 IT企業のオフィスや若者の移住で知られる人口5300人の徳島県神山町は、「創造的過疎」という考えを掲げています。過疎のまま人口構成を変えようと、多様な仕事や働き方を提案し、村に関わる人口を増やすことから始めて、農業にもつなげています。

 棚田地域振興法が省庁横断で始まりますが、これからの時代、棚田の存在意義は、米生産より他の役割(多面的機能)が高いことを示しています。棚田問題を食料生産と狭義に考えるのではなく、国土保全、教育、文化、環境、観光、経済など、包括的かつ新しい視点で見ていけば、農山村はこの国らしさを発信する宝になるはずです。
 

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