農業女子 たくましく未来開く ノンフィクション作家 島村菜津

島村菜津 氏

 長野県で、日本の農業のイメージを変えるような魅力的な女性たちに出会った。

 飯山市の講演で知り合った木内マミさん(31)。幼い頃は、農業を継ぐ気などまるでなかったそうだが、留学先の米国から帰国した21歳の時、膠原(こうげん)病を患ったことをきっかけに、食と農の大切さに目覚め、就農を決断した。
 

世界とつながり


 なべくら高原に広がる「ひぐらし農場」がマミさんの農場。父親が入植して石だらけの土地を長年かけて改良し、ハクサイやキャベツが栽培できる土にしてきた。父が創り上げた畑の絶景を多くの人に知ってもらおうと、その一角でハーブを栽培。最初は自らの健康が目的だったが、やがて都会からの親子連れなどに畑でハーブティーを味わってもらう体験を始めた。英語が堪能な彼女は、近い将来、この畑を飯山と世界をつなぐ場にするのが夢だ。

 そのマミさんは、「Nj北信」という農業女子の会に出合ったおかげで「高原で農業を始めたら、丸一日、家族にしか合わなくなるのか」という懸念が吹き飛んだという。「こんなに若い人がいるんだ」と驚いた。

 「農業女子プロジェクト」は、農水省が2013年から農業の活性化のために推進する事業だが、長野県は広く、集まるのも難儀。そこで北信州で声を掛け、仲間を集めた一人が、中野市の米農家「三ツ和農産」の清水絵美さんだった。

 「7、8人に声を掛けたら、あっという間に70人。すごいでしょう」(絵美さん)。年齢制限は20~40代、勉強会ではなく、月に1度飲み会をする。すると不思議とアイデアが湧く。やりとりはインターネット交流サイト(SNS)中心だ。
 

大型さっそうと


 絵美さんも、嫁いだ頃は米の作り方さえ知らなかった。長年、有機肥料に減農薬だった清水家の田んぼは生き物の宝庫だが、昆虫が苦手。ところがある日、代かき後の田んぼを歩いた感触が忘れられず、栽培を志願した。さまざまな資格を取得し、今は大型トラクターをさっそうと乗りこなす。

 そして飯綱町の農業法人「山下フルーツ農園」の代表であり、広報全般を引き受けるのが、山下絵里さん(34)。大学の工学部の同級生だった夫と結婚する前に、フランスの農村を1年、周遊した。「Cafe傅之丞」という美しい古民家カフェも営む。両親は40年前から低農薬リンゴを栽培してきた。

 だが、絵里さんによれば、6年前から地域の高齢化が一気に進み、託される農地が増え、園地は6ヘクタールに倍増。清水家も同じで、点在する180枚の田が合わせて28ヘクタールにもなった。

 農家の嫁問題という時代は終わり、今や、できる女性たちが、たくましい担い手として主体的に農を選び始めた。次世代を想(おも)う女性たちは、理屈抜きの環境保全型。農業は高齢化と異常気象で危機的状況にある。そんな中、生活者目線で、農の新たな魅力を発信し始めた彼女たちの目の輝きは、希望でしかない。そして彼女たちの活躍には、より長期的な公的支援と消費者の理解が不可欠である。

 しまむら・なつ 1963年福岡県生まれ。東京芸術大学卒。ノンフィクション作家。イタリアのスローフード運動を日本に紹介した先駆者。著書に『スローシティ』『生きる場所のつくりかた~新得・共働学舎の挑戦』など。

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