「なつぞら」と協同 歴史から価値を伝える

 NHK連続テレビ小説「なつぞら」は、北海道酪農の歴史と向かい合った作品でもある。今日の酪農王国が農家の団結から築かれたことを描いた。協同の大切さを教えてくれる。

 わが国の酪農乳業の歴史は比較的新しい。奈良、平安時代に貴族が愛好した乳製品は、武家政権の成立とともに廃れ、産業としての酪農乳業がわが国に登場するのは、江戸末期の西洋文明との接触以降である。

 都府県酪農が西洋人相手の牛乳搾取業から始まったのに対し、北海道はロシアの南下政策を警戒した明治政府による蝦夷地開拓の一環で導入された。実力者・大久保利通は畜産酪農振興の熱心な応援者であった。

 北海道酪農の隆興に重要な役割を果たした宇都宮仙太郎は、同郷の偉人・福沢諭吉の影響を受け北海道に移住、札幌で酪農経営に着手する。酪農という言葉を最初に使ったのは宇都宮とされ、この人物に連なる黒澤酉蔵、佐藤善七らが酪農普及をけん引した。米国出身の技術指導者エドウィン・ダンを含めて、日本農業新聞社会面「北の酪農ヒストリー」で紹介した。

 興味深いのは、彼らは協同組合方式により、酪農の近代化を進めたことである。この時代は日本全土に広がった産業組合の発展期であり、宇都宮らはこの時流に乗ってバターの製造販売組合をつくる。さらに素晴らしいのは、無償で酪農民を教育する学校を黒澤らが造ったことだ。協同組合の要諦は教育にあるが、北海道酪農の軌跡はまさにその実践でもあったのだ。

 酪農発展を支えた重要な政策に不足払い制度がある。これにはモデルがあった。太田寛一士幌町農協組合長がつくり上げた「一元集荷多元販売」だ。大手乳業による集乳競争が熾烈(しれつ)を極める中、酪農家の所得向上のため、農協が酪農家から生乳を全量引き取り、乳業に販売する。そのいきさつは「なつぞら」北海道編のハイライトの一つとして描かれた。

 太田は、さらに十勝8農協の力を結集して、農協資本の北海道協同乳業(現よつ葉乳業)を立ち上げた。今日でいう6次産業化である。関係者によると、それまでベールに包まれていた乳製品製造の原料コストの把握や、乳業との対等な乳価交渉の実現など、乳業会社の設立で農業側が得たメリットは大きかったという。これも原点には協同と団結がある。

 地域農業や農協の事業を歴史の視点から捉え直すことを勧めたい。「なつぞら」が教えてくれたように、当たり前のように地域で存在し続けることの、かけがえのない価値が見えてくるだろう。

 歴史を切り口とした農業理解の手法は、農業を知らない若い人たちの共感を呼びやすいのではないか。農業体験と併せて試みてほしい。農業側も、郷土の産業史を伝える資料の収集保存や、歴史案内板の設置などやれることがある。
 

おすすめ記事

論説の新着記事

検索

e農サーチ e農サーチとは