名歌・名句の旅 生活潤す明日の「糧」に

 何げない日常に潤いを与えてくれる。日曜日を除く毎日、日本農業新聞1面連載の「おはよう名歌と名句」はそんな存在である。感性を磨く日々は、きっと明日へ生きる心の「糧」になることだろう。

 連載は、3月中旬に4000回となり、11月には4200回を超す。気に入った短歌と俳句を選者が交互に載せ、簡単で適切な寸評を付ける。ただ作品だけではピンとこない言葉も、選者の見識を通せば、まるで生き物のように動き始め、新たな表情を見せてくれる。つまりは、揚歌・句と寸評は表裏一体で意味を成す。ここが毎朝、新聞を通し心に響き、何気ない日常に「はっ」とした気付きを与えてくれるのかもしれない。毎回200字足らずの連載だが、奥行きが深い「小宇宙」のような空想が広がる楽しさがある。

 現在の選者は名歌が大辻隆弘さん、名句が宮坂静生さん。大辻さんは今春から教育テレビの短歌選者としても活躍中だ。宮坂さんは単なる季語を超えて、その土地に根付いた独自の季節の言葉を「地貌(ちぼう)季語」と名付けた俳人としても有名だ。地方の特色を何よりも大切にし、見つめ続けた末の新たな「発見」と言ってもいい。地貌とは聞き慣れない言葉だが、その土地の持つ表情と言い換えてもいいかもしれない。

 実際に宮坂さん自ら詠んだ〈逝く母を父が迎へて木の根明く〉。この「木の根明く」は春先の根周りが雪解けでぽっかり開いていた情景を捉えた。そこには潤んだ黒い地面がのぞいている。筆者はその底に黄泉(よみ)の国がありそうだとの幻想を一瞬抱く。99歳で逝った母を、先に亡くなった父が待ちくたびれたように迎える。俳句という17文字の凝縮の文学に、地貌季語を加えながら、人の慈しみの心までも表す。

 選者の鋭さが増すのは、社会全体を覆う空気を突き刺そうとする時かもしれない。

 8月15日「終戦の日」前後の歌と句は特に心に届いた。8月15日の〈夜の更けの盆の踊りにひたひたと影ふえくるは戦死者の霊〉岡野弘彦。選者の大辻さんは、盆の踊りがどこか寂しいのは死者を慰める「念仏踊り」から始まったからかもしれないと言う。そして、「異郷に倒れた魂が故郷に戻ってくる。それがお盆の数日間なのだろう」と締める。8月17日付〈キャベツ畑徴兵制が粛々くる〉鈴木明。整然と列をなすキャベツ畑から徴兵制を連想する。おかしくて悲しい。

 選者の宮坂さんは、自身の経験として第2次世界大戦末期の学徒出陣の壮行会の整列を思い浮かべた。「人のいのちがキャベツほどにも珍重されない。ふたたびそんな時代にはしたくない」と結んだ。

 毎日の名歌と名句を親しみ、心にとどめ、周りを見渡してみる。そうすれば新たな「発見」があるかもしれない。新聞の持つ役割の一つでもある。

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