秋の夜は更けて すだく虫の音に

 秋の夜は更けて すだく虫の音に。石原裕次郎さん歌う「倖せはここに」の出だしである。そこここの草むらから、虫たちの混声合唱が聞こえてくる▼東京近郊の茅屋(ぼうおく)でも、朝に夕に涼やかな音色を奏でてくれる。平安の貴族もすなる「虫聞き」。江戸には「虫売り」なる商いもはやった。虫めでる国日本の文化に感嘆したのはラフカディオ・ハーンこと小泉八雲。上品にして芸術的美的生活とたたえた▼欧米では「騒音」、日本では「音楽」。虫の音にも彼我の違いが現れる。〈庭草に村雨ふりてこほろぎの鳴く声きけば秋づきにけり〉。万葉集に歌われるほど、この国の秋と虫は深く結び付いている。長引く猛暑も盛りを過ぎ、虫の音にようやく秋が追い付いてきた▼〈こおろぎが/こおろぎの歌をうたっている/去年の秋 おととしの秋/百年千年前の秋と 同じふしで〉。新川和江さんの詩「こおろぎは…」の一節である。いにしえ人と同じ音色を聞いていると思えば、時間旅行をした気分になる。1日ごとに秋が深まる。きょうは二十四節気の寒露。草花の露も震える時候。「冷霧寒露、虫声しげし」と国木田独歩の『武蔵野』にある▼いまだに雨露しのげぬ千葉県の台風被災者のことを思う。ブルーシート越しに聞く虫の音はやり切れぬだろう。
 

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