昔の米作りがいかに難儀だったか

 昔の米作りがいかに難儀だったか。その分、収穫の喜びもひとしおだった。作家の石牟礼道子さんが、100歳を超す鹿児島の農婦の話を書き留めている▼胸まで漬かるぬかるんだ田んぼ。生肥と苗を載せた舟を引く。指で穴を掘って一株一株植えた。「こげな辛苦が、世の中にあるもんじゃろうかい」。収穫の時。「粒の揃(そろ)うた籾(もみ)が穫(と)れた年の安堵(あんど)ちゅうは何にもたとえられんもんじゃんした」(『食べごしらえ おままごと』中公文庫)▼北陸の親戚から新米が届く。ほの甘い。香りが立つ。かむほどにうま味が増す。箸が止まらない。笑みがこぼれる。ご近所にも「口福」のお裾分けをする。笑顔は連鎖する。ここに届くまでの労苦にも思いを致す。だから「米」と呼び捨てにはできない。「お米」と「お」を付ける。ごく自然にそう呼んできた▼中国文学者の高島俊男さんも「お米」派。世の中からどんどん「お」が征伐されていると嘆く。「酒」「汁」「月」「星」などなど。「ほかのものはともかく、米だけは『お米』と言ってもらいたい」「なんといっても日本人の命なんだから」(『お言葉ですが…』文春文庫)▼これからも感謝の思いを込めて「お米」と呼び続けたい。「お百姓さんありがとう」と「ごちそうさま」の思いを添えて。

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